米トランプ政権発足以後、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画はどう展開するのか。日鉄の橋本英二代表取締役会長兼CEOに単独インタビューを行い、この問題を継続的に取材するノンフィクション作家の広野真嗣さんが解説します。

トランプ氏が「ノー」と言わなかったエピソードから読めること

バイデン米政権が買収計画の中止を求める大統領令を発したことを受け、日鉄とUSスチールは1月6日、不当な政治介入だとして米政府を提訴しました。「橋本会長たち経営陣がおそらく1つの選択肢として考えているのは、トランプ氏に希望を託すことでしょう」提訴を発表した記者会見での橋本会長の言葉から、広野さんはそのように推し量ります。

そして、以下のエピソードを引き合いに出します。「昨年の大統領選の集会でトランプ氏はUSスチールの労働者から『買収にノーと言わないでくれ』と申し入れを受け、実際にその場ではノーと言わなかったことが報じられています」

「また、トランプ氏は一貫して『ジョブ、ジョブ、ジョブ(雇用を生む)』と言ってきました。仮に敵対する米鉄鋼大手のクリーブランド・クリフスがUSスチールを買収すれば、米市場には高炉メーカーが1つしかなくなる。価格が上がって消費者に打撃になる可能性もありますし、労働市場が健全に形成されるかも微妙になってくる」。

以上のことから、日鉄は次のような見立てに沿って様々な働きかけを行なっていると広野さんは見ています。

「日鉄の提案がきちんと(今は買収に反対している)トランプ氏に届き、そのメリットを理解する局面が訪れれば、“バイデン前政権の否定”という形で何らかの(日鉄に有利な)発信をする可能性があるのではと思っています」

「逆に言うと、トランプ氏に情報を届けられないことが、もしかしたら日本製鉄の弱点である可能性もあります」

バイデン政権による大統領令は30日以内(2月2日まで)の買収計画の放棄を求めていますが、それは対米外国投資委員会(CFIUS)が期限を延長しない限りという“留保条件”が付いています。その後、日鉄側の申し入れを受けてCFIUSは放棄期限を6月18日まで延長することを認めました。背景には日鉄側の訴訟提起があったとみられます。