インフレ局面では「為替のスタビライザー効果」が機能しにくい
2つ目の切り口は、世界的なインフレ局面では、「為替のスタビライザー効果」が働きにくい、という点である。日本国内でも「東京一極集中」が問題視されるように、強い経済圏に資本が集まり、さらに強くなっていく不可逆的な変化が起こることは散見される。しかし、国を超えたレベルでは生じにくい。それは、為替変動を通じた調整が入るからである。一般的に、経済が脆弱となって対外競争力が低下すれば、貿易赤字や経常赤字が拡大して通貨安になることが予想される。通貨安になると、他通貨からみた貿易財が割安になるため、対外競争力がサポートされる。結果的に一時的に競争力が低下した国は為替変動がスタビライザーとなり、競争力の格差が縮小する。むろん、為替だけで競争力が決まる訳ではないが、少なくとも「為替のスタビライザー効果」が各国の競争力をバランスさせてきたことは事実である。この議論は欧州債務危機時にギリシャ経済が厳しくなった際に注目された。ギリシャは緊縮財政によって経済環境が大きく悪化したが、共通通貨ユーロはそれほど安くならなかったため、スタビライザー効果が働かずギリシャ経済が自ら回復していくことは難しいという認識が広がった。
この「為替のスタビライザー効果」が働くことの前提として、通貨安がその国の経済にとって望ましいことである、というものがある。この前提は、物価環境によって異なるため、自明ではない。例えばデフレ局面だと、対外競争力が強化されるだけでなく輸入インフレによってデフレ圧力を弱めさせることが出来るため通貨安が望ましい。しかし、インフレ局面だと対外競争力が強化される一方で輸入インフレが副作用となるため、このトレードオフを考えないといけない。今回のインフレ局面では、過去数十年において円安が是とされてきた日本ですら、円高が望ましいという声が優勢になっている。対外競争力よりも自国のインフレへの対応が必要となれば、当然の動きである。
このように考えると、現在は日本を含む多くの国で「為替のスタビライザー効果」を拒否せざるを得ない状況にある。スタビライザー効果が失われている以上、対外競争力の格差が開いていく動きが目立ってくるのは自然なことだろう。
世界経済の悪化でインフレが鈍化すれば、スタビライザー効果が復活する可能性が高い
当レポートで示した「米国1強」に寄与していると考えられる2つの切り口は、いずれもコロナ後のインフレによって作り出されたものであるため、徐々に効果は弱くなっていくだろう。特に「為替のスタビライザー効果」については、世界的にインフレ鈍化が進むことで復活していく可能性が高い。むろん、25年いっぱいくらいはまだ多くの国でインフレを抑制する必要があると考えられ、「通貨安競争」は本格化しないだろう。すなわち、「米国1強」の構図は続きそうである。しかし、米国だけで世界的なインフレ圧力を維持することは困難であり、26年にかけてインフレは鎮静化していくだろう。そうなれば、相対的に経済が弱くなってしまった国・地域には通貨安の恩恵が出てくることが予想される。「米国1強」の状況を是正する方向に力が働き始めるだろう。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)