韓国では、2022年の大統領選で保守政党の「国民の力」から出馬した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が勝利し、5年ぶりとなる政権交代が行われた。しかし、国会(一院制:総議席数300)においては左派政党の「共に民主党」が多数派を占める『ねじれ状態』であるなど、発足当初から政権運営は困難に直面してきた。
『ねじれ』で停滞する政権運営 国民生活に悪影響も
今年4月に実施された総選挙でも与党が議席を減らすなどねじれ状態が一段と深刻化し、政権運営は一層厳しさを増す状況が続いてきた。
事実、国会は尹政権が提出した予算案の修正を要求するとともに、政権の中枢を尹氏をはじめとする検察出身者が占めていることを受けて、検察官をはじめとする官僚の弾劾を推進するなど政権との対決姿勢を鮮明にしてきた。
また、尹政権が今年2月に地方の医師不足解消を目的に医学部定員の大幅増計画を発表したことをきっかけに、多数の研修医がストを決行して医療現場が混乱に陥るとともに、国民生活にも悪影響が出る事態に発展してきた。
結果、政権運営は停滞するとともに、足下の景気は国内・外双方に不透明要因が山積するなかで頭打ちの様相を強めるなか、政権支持率は20%程度の『低空飛行』が続くなど事態打開も見通せない展開が続いてきた。
「筋の悪い」「禁じ手」の非常戒厳布告 一夜明け解除も政局は一段と混乱
こうしたなか、尹大統領は3日夜に緊急の談話を発表し、野党が多数派を占める国会が国政や司法を麻痺させていることを理由に、憲法秩序を守るべく「非常戒厳」を宣布すると表明したほか、国防省も軍に警戒態勢の強化を指示し、司令官を陸軍参謀総長とする戒厳司令部が稼働するとともに、戒厳司令部は国会や地方議会、政党活動、政治的結社、集会、デモなどの政治活動を禁じる旨の布告令を発表するなど、言論と出版も統制を受ける旨が示された。
韓国における非常戒厳の発令は、1980年の民主化運動の際以来で44年ぶりのことである上、1987年の民主化以降では初めてのこととなる。
現行憲法においては、戦時や事変、またはこれに準ずる国家非常事態に際して大統領は戒厳を布告することを定めている(77条1項)ものの、戒厳司令部が公表した布告文には、戒厳の理由に上述した国家非常事態に該当する内容はなく、内政を巡る問題を挙げるなど『筋が悪い』内容となっている。
よって、非常戒厳が公布された直後から、野党のみならず、与党からも批判が出るとともに、現行憲法では国会議員の過半数が戒厳令の解除を要求した際は、大統領はこれに応じる必要が定められるなか(77条5項)、国会が戒厳の解除要求決議を可決したことを受け、尹政権は4日早朝に戒厳の解除を決定した。
一連の混乱を受けて、野党は尹大統領による戒厳決定が国家反逆罪に当たるとして批判を強めるとともに、尹大統領に対する弾劾法案を上程して早期の採決に動く方針を明らかにするなど、政局は一段と混乱することが避けられなくなっている。
その後も、一連の混乱の責任を取る形で大統領府の高官が一斉に辞意を表明するとともに、内閣の閣僚も一斉に辞任を表明する事態に発展するとともに、野党や労働団体は尹大統領の辞任を要求するデモを展開するなど事態収拾の見通しが立ちにくくなる動きもみられる。