過去20年間の金融界における大きなテーマは、伝統的に業界を牛耳ってきた投資銀行から資産運用会社へのパワーの移行だった。そして今、それは米政府の要職にも反映された。

トランプ次期大統領はスコット・ベッセント氏を財務長官に起用することで、投資銀行で上級職に就いたことのない金融業界出身者に財務省を託すことになる。

ベッセント氏は財務長官に就任する初のヘッジファンド運用者ではない。その栄誉は2017年にスティーブン・ムニューシン氏がつかんだ。

しかし、ムニューシン氏はファンドを設立する前にゴールドマン・サックス・グループに17年間勤務しており、ファンド運営の期間は短い。

一方、ベッセント氏はキャリアを通じて投資マネジャーとして活動してきた。エール大学卒業後、当時新卒者を運用担当者として採用する数少ない企業の1社だったブラウン・ブラザーズ・ハリマンに入社し、以来同じ業界で活躍している。

いわば米国の最高財務責任者(CFO)として、政策の策定や連邦財政の管理、金融セクターにおける規制順守の確保などを担当する財務長官という役職に、ヘッジファンド運用者がどのようなスキルを持って臨むのか疑問に思う人もいるかもしれない。

過去の財務長官を見ると、ヘンリー・ポールソン氏(06-09年)はゴールドマンの最高経営責任者(CEO)を退き財務長官に就任、ロバート・ルービン氏(1995-99年)もゴールドマンの共同会長を務めた。ニコラス・ブレイディ氏(88-93年)も投資銀行のトップだった。

一方、ベッセント氏は小規模で緊密に連携したチームで働くことに慣れている。職員12万5000人を擁する財務省を統括することは同氏にとって、これまでとは異なる課題だろう。

ソロス・ファンド

しかし、ベッセント氏は資金の運用方法を知っており、多くの経済サイクルにわたって政策を注視してきた。91年にソロス・ファンド・マネジメントに入ると、ロンドンに配属され、同氏の英住宅ローン市場分析が同社による有名なポンド売り取引に寄与した。

ベッセント氏は、イングランド銀行(中央銀行)が通貨防衛のため課さざるを得ない高金利に住宅所有者が耐えられないことを認識していた。

現在ではどちらかというとマクロマネジャーとして知られるベッセント氏だが、住宅に関する同氏のボトムアップリサーチはソロス・マネジメントが巨額の利益を上げる上で不可欠だった。

「ミクロがマクロを動かす」とベッセント氏は言う。財務長官として、経済がどのように機能しているかを理解していることは大きな強みになる。

同氏が生かせるその他の資質としては、速やかな意思決定を利点に変える意欲と、不確実な世界で複数の結果を想像する能力だ。

多くのファンドマネジャー同様、ベッセント氏も冷酷なほど現実的だ。投資ビジネスで避けるべき2つの言葉は「決して」と「常に」だと語る。ベッセント氏は半年後の新聞を先読みできる驚くべき能力を持っていると元同僚は述べている。

「3本の矢」

こうした特性と市場に関する知識は、ベッセント氏がそもそも財務長官候補に浮上した理由を説明する。

ヘッジファンドの運用者は他の国でも上級職で実績を残している。ブラジル中銀のフラガ元総裁はソロス・ファンドでベッセント氏と共に働いていた。

英国では、ヘッジファンド運用者だったリシ・スナク氏が財務相を経て首相にまで上り詰めた。しかし、ベッセント氏ほどグローバルな経済サイクルを乗り切る経験を積んできた人物はほとんどいない。

ベッセント氏はすでに、経済に関する考え方を明らかにしているため、同氏の政策に驚きはないはずだ。同氏の最も成功した取引の一つは、2013年の日本におけるもので、当時の安倍晋三首相が「3本の矢」と呼んだ経済政策が日本の財政に与える影響を予測した。

それを受けてか、ベッセント氏自身も3本の矢を提案した。28年までに財政赤字を国内総生産(GDP)の3%に削減する、規制緩和により3%の成長実現を促す、日量300万バレル相当の石油を増産する、という3つだ。「資本は、それが適切に扱われる場所へと流れる」という同氏が日本の経験から学んだ教訓は、市場を勇気づけるだろう。

経験豊富なグローバル戦略家で、金融システムを深く理解し、自身の考えを実際に資金を用いて実行してきた実績を持つベッセント氏は、成功を収めるのにふさわしい。

同氏はまた、失敗の代償も理解している。「誤った政策は、優れた投資機会を生み出す」と話す同氏は、自らの失敗で競争相手にマネーを稼ぐチャンスを与えたくはないだろう。

(マーク・ルビンスタイン氏は元ヘッジファンドマネジャーで、週刊金融ニュースレター「Net Interest」を執筆しています。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:A Hedge Fund Manager Can Run the US Treasury: Marc Rubinstein(抜粋)

コラムについてのコラムニストへの問い合わせ先:Marc Rubinstein marc@netinterest.emailコラムについてのエディターへの問い合わせ先:James Hertling jhertling@bloomberg.net

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2024 Bloomberg L.P.