“東洋美人”人気は全国に

2016年、長門市で開催された日ロ首脳会談。ワーキング・ディナーに「東洋美人」が提供されるなど知名度を上げていきます。人気は、全国的なものとなりました。

出荷量も飛躍的に伸び、被災当時、一升瓶換算で年間12万本だったものが、今や25万本。その上で、5万本ほどが足りない状況だと言います。うれしいことではありますが、それだけではすまない、経営者としての現実もあります。規模が大きくなることで背負うものも増えました。

澄川さん
「水害を乗り越えて、復興おめでとうとか、声をかけていただくこともあるし、今でもあるけど10年前の出来事は、5年、10年、15年で終わることではまったくなく、10年前はとにかく必死で、がむしゃらだったけど、年を重ねるごとに時間の経過を感じるごとに当初の傷を感じるし、戦い続けるというか、その最中だなと」

酒の造り手として、蔵の経営者として。水害をきっかけに始まった戦いは今も続いています。日本酒業界のこの3年は、コロナに翻弄されました。想像できなかったような出来事が、次々と降りかかってきた10年でした。それはこの先の10年も、同じかもしれません。

澄川さん
「水害でゼロやマイナスになることも経験したし、コロナ禍、非常に大変なこともみんなで経験をしたので、何があるか分からないと思うんです。ただ何があっても、出来る限りそこで瞬時に、スピード感をもって行動できるような、ひとりの人間としても会社としても、今できることを精一杯、やって、それを積み重ねて、振り返ったら1年たった、5年たった、10年たった、なんだろうなと」

あの水害から10年。学んだことは、今も胸に刻まれています。