後継者不足でイカシバ漁は梅野親子だけに

しかし、漁師の高齢化や後継者不足から、伝統のイカシバ漁も2年前、とうとう梅野親子だけになりました。

晋也さんも子どもの頃から海が好きで、後を継ぐのに迷いはなかったと言います。ただ・・・

晋也さん
「父親も母親もやめてやめて…もう普通にしてくださいみたいな感じでしたね」
孝昭さん
「漁師をするんやったら10年かかるぞって言ったんよ。そしたら、ほんと10年かかった」

漁師の厳しさを知るからこそ、息子に同じ道を歩ませるか悩んだと言います。その後、認めはしたものの、イカシバ漁も、夏に行う素潜り漁も、技術は見て学べ。それが父の教え方です。

ターニングポイントは11年前。父 孝昭さんが病に侵されます。ガンでした。

晋也さん
「そんときは潰れるんじゃないかと思って泣きましたよね」
原アナ
「お父さんが大病をする前と後で心境の変化はありました?」
晋也さん
「父親が今年はもう漁しないからお前ひとりで行けって言って。僕が4年目か5年目くらいのとき行き始めて、急に自覚が芽生えて、技術が向上したってことですよね」

その後、奇跡的な回復をみせ、わずか1年で海に戻った 孝昭さん。1人で漁を続ける内に成長した息子を見たとき、まず感じたのは、安心でした。

孝昭さん
「入院中は不安やったねやっぱ。今となっては不安はない、全然ない。もう漁は自分で飯を食うだけの自信はあるけ。昔は一人でしよったけどこういう体になったけ、息子がおらな出来ん。俺にとっちゃ片腕のような感じ。この子がおらな漁師出来んよ」
晋也さん
「父親が言ってますもん、僕がいないともう辞めてるって」
原アナ
「お父さんが続けてるのも晋也さんに色々学んでほしいと?」
晋也さん
「そうそう、全部教えたいって言ってます。自分の持ってる手先の仕事だとか、
沖での作業とか全部教えたいって。僕の手に 職をつけさせたいって ずっと前から言ってます。