諦めない!「やる意義、必要がある」
2011年の東日本大震災です。
当時、宮城県立高校は震災の影響で、2週間ほど始業式が遅れました。

一高でも野球部が練習に使用する第2グラウンドが津波で水没するなど被害が出ました。

定期戦や行進も開催が危ぶまれましたが、応援団は諦めませんでした。
当時、二高の団長だった深田(旧姓佐藤)茉里花さんは、行進や定期戦を行うことで「共に闘い、苦楽を分かち合い、共に歩み進んでいく」という応援の力を被災地に届けたかったと振り返ります。

仙台二高の震災当時の応援団長・深田(旧姓佐藤)茉里花さん
「自粛するのではなくて、PR行進・定期戦をやっていくことで、一高と築き上げてきたものでだれかの後押しというか、気持ちが届いたらいいと思えて、そこからはもう何としてでも開催しようと」

一方、当時の一高の応援団幹部・村田青葉(むらた・あおば)さんは活動日誌に「やる意義もある。やる必要がある」と書き残していました。

仙台一高・村田青葉さん
「やらないことは選択肢にない、じゃあどういう形でならやれるのかってところを結構二高の応援団と先生方とも色々お話をしていって、形が変わっていった」

そして震災のわずか2か月後の2011年5月12日、行進が行われたのです。
この時は普段とは異なり一高と二高が横並びで行進しています。
生徒が持つプラカードも、勇ましく力強い文言ばかり。野次や仮装もありませんでした。
両校の応援団幹部が、教師らと何度も協議を重ね「宮城・東北に対して復興へのエールを送る」というコンセプトのもと、開催することを決めました。







