かつてない市街地が標的とされた化学テロ。
30年前の6月27日に起きた松本サリン事件を巡って、長野県警が進めたのが、ある極秘捜査です。
オウム真理教の関与を特定するに至った捜査、その名も「コードネームY」とは?
当時の捜査員が証言しました。


「平成6年6月の27日でしたよね。月曜日でした・・・」

長野市に住む県警の元捜査員 上原敬(うえはら・たかし)さん69歳。

事件当時、殺人事件などを担当する県警本部の捜査第一課に勤務していました。

あの日の夜、緊急の電話がかかってきたといいます。

上原さん:
「松本で何か変な事案が起きていると、中毒かもしれないというのが第一報だった」
「そのうちまた電話がかかってきて、5人ぐらい亡くなっているそうだと、事件かもしれないからすぐ来てくれっていうので・・・」

事件は午後10時40分ごろ発生。

8人が死亡し、重軽症者はおよそ600人に上りました。

当初は原因不明とされた、「ガス中毒」。

警察は310人体制の捜査本部を立ち上げ、捜査を始めました。

原因不明とされたガスの正体は、事件から6日後の7月3日に明らかとなります。

淺岡捜査一課長(当時):
「有機リンサリンと推定される」

化学式を書く上原さん:
「こんな構造なんですよ」

30年が経った今でも、サリンの化学式を正確に覚えている上原さん。

大学で化学を学んだ経験が、捜査に関わるきっかけとなりました。

上原さん:
「これを見たときにメチル基があって、フッ素があるんですね、というふうに言ったら、お前これ構造がわかるのかと、ちょうどいいから薬品捜査をやりなさいと」

未知なる神経ガス、サリン。

2日後、上原さんを班長とする薬品捜査班が結成されました。


上原さん:
「どうやって作るのか。作るためにはどんな薬品が必要なのか、どこで売られていて誰が買っているのか、これを解明していけば、サリンを作った人間がわかるんじゃないかと」

上原さんは化学式を逆算するなどして、サリンは5つの工程から作られるという、仮説を立てます。

そこからサリンを作るのに欠かせない、ある薬品に注目したのです。


上原さん:
「メチホスホン酸ジメチルという物質、試薬瓶のようなもので売られていたが、中に何本も買っている人がいた」

全国の薬品会社や大学の研究所などを回り、薬品の販路や使用状況をたどる地道な捜査。

調べた関係先は4200か所に上りました。