■改めて松本・松本山雅の魅力に感じている部分は。

この信州という土地は本当に、県外から来た私にとっては魅力的な場所でもあります。それはロケーションもありますし、人の温かさもありますし、地域の熱量というものがやっぱり一番だと思ってるので、今の自分の思いとしては、この信州という地域を本当に、世界に発信していけるような、そんな橋渡しになれるようなサッカークラブに、スポーツクラブにしていきたいなというふうに思っています。
やっぱり簡単なことではないですけど、私が来た2005年には誰も(山雅が)Jリーグに行くってことを信じてくれる人は本当にいなかったんですけども、やっぱり信じて行動し続けることで、10年後にJ1で戦うチームが作ることができたので、本当に今は「信州から世界へ」という言葉がちょっと大げさに聞こえる方もいらっしゃるかもしれないですけど、やはりこのJ3という状況だからこそ、上を向いてそういった発信をすることで、やっぱりみんなでもう1回上を目指すんだというふうに自分自身も覚悟として言葉を発したいなというふうに思っています。

■これから社長として期待されることとは。

私自身、社長業としてできることというのは、まだまだ力不足で限られていると思っています。ただその分、そこをサポートしていただける仲間を迎え入れることができましたし、あとは自分に求められているのは、地域に出て行って地域の方々と対話をすることだというふうに思っているので、やっぱりどんどん外に出て行って、いろんなところでいろんな方といろんなお話をさせていただいて、みんなで山雅を使って地域を元気にしていくという作業をやっていければ、一番自分にとってはいいのかなというふうに思っています。

■まず着手していきたいこと、やっていきたいことは。

直近で、自分で大きく変えられることっていうのはなかなか難しいと思っているんですけども、やっぱり実直にいろんなものに向き合うことっていうのが自分の良さでもあると思っているので、まずは1個1個のやってること・事業に対して向き合うこともそうですし、また外に出て行って、ステークホルダーの皆さんとまずはいろんな会話をして、現状の山雅の立ち位置と、あとはこれからどうしていきたいかっていうのを地域の皆さんと一緒に考えるっていう時間に、まず当てたいなというふうに思っております。

■厳しい目を向けられることもある立場。

やっぱり大きな覚悟は必要だと思ってました。ただ、強くなるということと、地域を良くしていくこと、これはやはり同時にやっていかなければいけないと思ってるので、この掛け算をどうやって作るかっていうことがすごく重要だと思っています。
なので、本当に熱狂的に地域に応援されるクラブをつくることで、強さに繋がっていく。この掛け算をしっかり作っていきたいなというふうに思っています。

■今回、取締役の体制も大きく変わった。

まずは(今回取締役を退任した)創成期から携わってきた方々に対する、本当に尊敬と感謝の念っていうのを私自身強く持ち合わせています。
その上でやっぱりその方々から受け取ったバトンっていうのは、本当に重いと思っていて、なぜかというと、あの方々は、この地域のために本当に身を粉にして働いてきてくれた方々だったので、そういった感謝の思いだったりエネルギーっていうものを、やはり次の世代に繋げていきたいというのが今の私の思いなので、そこに関しては自分自身しっかり矢印を向けながらやっていきたいなというふうに思ってます。

■選手を経験した社長として、どういったクラブを作っていきたいか。

私自身トップチームのミーティングにも出させてもらっていますし、いろんなフットボールというものに触れる機会はあります。ただ私自身本当選手して大成できたわけでは全くないので、自分のサッカーの経験とか知見っていうものは、今のトップチームに生かせるものってのは本当に少ないと思ってます。
ただ、例えば今で言うと下條スポーツダイレクターと、どういうコミュニケーションを取れるかとか、現場がどういうマネジメントをしているかとか、今自分が経営として経験してきたことというのは、ある程度チームに還元できるものもあると思っているので、フットボールっていう意味では、そういったところの知見というものは少し生かしていきたいなというふうに思っています。