◆事件発生~平穏な田園地帯で何があったのか~

事件が起きたのは、2020年11月11日のことです。広島県東広島市の民家で、その家を会社の寮として暮らしていたベトナム人技能実習生のスオン(当時26)が、1人で子どもを産み、生まれたばかりのその女児を放置して死なせ、敷地内に埋めました。翌日遺体が発見され、彼女は逮捕されます。その年のクリスマスイブに起訴。罪名は「保護責任者遺棄致死」と「死体遺棄」でした。


2人の子をもつ私はこの事件を聞いて、生まれてすぐの赤ちゃんを埋めるという行為に至る前に、たった一人で母となった瞬間の女性の状態を想像して、もし自分だったら…とゾッとしたというのが正直な気持ちでした。そして、なぜか罪悪感のようなものを感じて、被告となったスオンとの面会を重ねました。

知りたかったのは3つのこと…1つめは、彼女が実際に何をして、何をしなかったのか、ということ。2つめは、その時々でどんな気持ちでいたのか、ということ。そして3つめが、なぜ周囲に助けを求めなかったのか、という点でした。

◆幼い子どもを育てるためにベトナムから日本へ?

スオンは、ベトナムの首都ハノイから60kmほど北東にあるバクザン省出身。実家は米を作って暮らしていて、母親は彼女が小さい頃から台湾に出稼ぎに出ていました。だからでしょうか?外国で働くことには抵抗感がなかったようで、実はスオンには幼い娘がいましたが、シングルマザーとしてその子の養育費を稼ぐためにも日本に来た、ということでした。

家族は、彼女が日本に来るための渡航費や日本語研修の費用、その間の生活費などを含めて、約150万円の借金をしたそうです。彼女は元々製造分野での就労を希望していましたが審査に通らず、希望分野を「農業」に変更した7度目の申請でようやく願いが叶ったといいます。矛盾だらけのように聞こえますが、現在全国に20万人以上いるベトナム人技能実習生の多くが、こういった借金まみれの状態から、それでも取り返せるほど稼げることを期待して、日本で働き始めるそうです。

スオンの場合、1日休憩を含めて9時間働いて、手元に残る給料は多い時で11万円。そこから2か月ごとに18万円ほどをベトナムの家族に仕送りしていた、といいます。事件当時、残っていた借金の額は100万円程度だったということです。

◆面会室ではいつも「事件のことは裁判で話す」

スオンが来日したのは2019年12月。故郷で半年間、広島でも約1か月間、集団生活をして日本語を学んだといいますが、彼女の日本語は、「カタコト」までもいかないレベルでした。勉強は嫌いじゃないけど、文法が難しい。彼女は何度か苦笑いして言いました。

翌年1月から働き始めたのは東広島市内の農園。「職場の人は優しかった」と彼女は言いますが、深いコミュニケーションはできなかったようです。仕事自体は見よう見まねでできることも多く、単純作業の要領は良かったと思われていました。会社の寮となった民家には、もう1人の技能実習生の女性と2人で暮らしていました。「仲は良かった」と言うものの、具体的なエピソードは語られませんでした。家族とは、毎日のようにFacebookでビデオ通話していましたが、「心配をかけたくない」という気持ちから、父や母に悩みを相談することはなかったそうです。休日には、スマホでベトナムのドラマをずっと見てい.た、と話しました。

裁判が始まる前までの面会では、スオンは、日本に来るまでこうしたいきさつは話してくれましたが、事件については、何度聞いてもほとんど何も語らず、いつも「裁判で話す」と答えるばかりでした。