1945年8月6日 人類史上初めての原子爆弾が投下
そして…8月6日、原爆の投下によってバスも甚大な被害を受けます。

広島市内の各所でバスが全焼。広島電鉄では100両あったバスの68両が被災し、電車部門と合わせて185人が亡くなりました。

ただ、原爆投下のおよそ3時間後、爆心地から約2kmの場所へ、1台の救援バスがやってきたと証言する人がいました。13歳のときに被爆した尾崎稔さん(2021年取材、現在は逝去)です。
尾崎稔さんは「いまの工専(広島工業専門学校=現・広島大学工学部、千田町)の校庭を出て、3~4人で休んでいたら、呉の市営バスと消防車が昼前に応援に来た」と話します。ただ、避難するためバスに乗ったのは、尾崎さんだけでした。

尾崎稔さん
「私以外は家に帰ろうと思ったのか、このときに乗らなかった。私は家が爆心地至近の大手町で、家がもうダメだと思ってバスに乗った。結局、バスに乗らなかったものは皆死んだ」



































