左手を失った最愛の我が子に両親は 「この子と一緒に病院の上から…」

「草刈ったのを集めて、それを小さく刻むんですけど、その刻む機会の中に一緒に手を突っ込んでしまったって感じで」

母の富甲子さんは当時のことをこう振り返ります。

「もう何が何だかわからん、救急車呼べって言われても救急車の呼び方が分からない。もう『ギャー』って叫びました。涙よりも『どうしよう、どうしよう』っていう動揺で、何も手につかない。この子と一緒に病院の上から飛び降りようかなと思ったりとか」

富甲子さんは「『将来がどうなるか、どんなになるんだろう』と思って、そういうところばかり気になってしまって」と話します。

父の満義さんもこう振り返ります。

「『なんであのとき手が無いなったんかの』と(周りに)言われたことがあって。いやそれはもう言いようがないんですよね、自分的には。『いやそれはもう運命じゃけ』と」