
山澤さんの元に残る1冊のアルバム。
記者
「大事に記録されていますね」
山澤寛治さん
「たぶん母親が書いたんじゃないかなと思うんですがね」
アルバムのページは、山澤さんが2歳のころで止まっています。
山澤寛治さん
「ここまで。ここらはもう書いていない」
記者
「もしかしたら体調が…」
山澤寛治さん
「悪かったんじゃないかと。僕からしたらもっと2人がうつっとる写真があってもええんじゃないかなと…。」

2人で写る写真はこの1枚だけです。
山澤寛治さん
「分かることがあれば教えてもらいたいのもあるし、知っていかないといけんと思うけど、周りがもうおらんということですね。自分も母親に愛されとったんじゃないかと思うんですけどね。その確信というか、『あんたはこうじゃった、ああじゃった』というのが今分からん」

山澤さんが知りたいのは、アイ子さんの被爆者としての話ではなく、幼い自分と過ごした母親としての姿です。