「だから、しゃべりたくないんです。だから原子爆弾のことを思い出したくないの。誰にも言いたくないの。言うと悲しくなって、涙が出て。今でも…言えません」


「今後、原爆でこういうふうなことはあったら世界中、同じようなことがどこでも起こるんじゃないかと思います。しかしね、原爆だけがいけないんじゃないと思います。戦争はなんでもいけません。武器を使う戦争は。小銃であれ、ピストルであれ。原爆がいかんで、大砲がいいなんて、そんなアホなことありますかいな。とにかく武器はいけませんよ。戦争はいかん」

被爆から50年。自分の家族にさえ被爆体験を語らなかった高倉光男さんは、このインタビューの翌年、亡くなりました。

高倉光男さん
「ちょっと乱れましたけど、お許しください」

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いま、伝えたい ~広島の放送局に残る映像~

核を巡る緊張が高まっている状況だからこそ、わたしたちRCCは、これまで取材させていただいた被爆者の皆さんの声をお届けしなくてはと考えています。
以下、局に残る貴重な映像をまとめています。

被爆した医師は8月6日の午後から救護にあたった… ~広島の放送局に残る映像から 原爆投下77年~

「次、死ぬのは私の番… そればかり思っていた」 医師と患者… 救護現場の記憶

「髪は抜け、腕は糸のように…」 9歳と7歳の姉弟もその後 亡くなった 続く放射線の被害

「姉は苦しみだけの人生だった」 失明、脱毛… 当時18歳だった少女の"戦後"

廃墟の広島で撮影された少年 「あれは77年前のわたし」 初めて男性が戦後を証言することを決めた理由