江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん(79)
― ここは?
「漁船の、漁船の倉庫ですよ」

黒田さんと親交を深めた、江の川漁協の元組合長、辻󠄀駒健二 さんです。当時、漁具を集める調査に協力し、黒田さんに川漁師たちを紹介しました。

江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん
― これ、何人乗り?
「乗るのは2人」

― どうやって動かす?
「竿とかいです。網を積んでいって、網を張るじゃない。張ったら今度はカーバイト、ガスランプ、それに火をつけて、それで今度は川棒で川をたたくわけ。こうしてアユを脅すわけ」

三次市を流れる「江の川」。古くから川漁が盛んに行われてきました。辻󠄀駒さんも幼いころからアユやウナギを捕り、川漁師として生きてきました。

江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん
「昔はにぎやかなことよね」

― いっぱい船があって?
「そうそう、タバコ談義でね、暗うなったけ、ぼちぼちやろうか言うてね。くじを引くわけなんよ。みながおるときにこがぁにしてやるんよ。ここを持っとるから分からんじゃん。今度はこれ持ってお前どこかといったら、あんたこっち、もう1人こっち持つじゃろ。そうすると…はい、こういうふうに引っ張っていく。お前が1番」

― 舟を出す順番?
「そう、舟を出す順番」

以前は、とれた魚を全員で均等に分け合っていたといいます。黒田さんは、川漁師たちの習慣や生活の知恵なども熱心に聞き取りました。

江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん
「漁具1つひとつには生活の物語があるんだと。見せ物じゃないと言うて断る者もおったが、先生に根負けをしてからね。玄関にへたりこんで年寄りと話をする。先生の情というものをね、地域の方の心が緩んで和らいでから話をしていくということよね」

黒田さんが関心をもった一つが「網」だったと辻󠄀駒さんは振り返ります。

江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん
「網が破れたのをとにかく大事にね。先生が『世界地図みたいなもんじゃ』と。全部、修理したあとじゃと言ってね」

黒田さんの勧めで、川漁師について人前で語るようになったという辻󠄀駒さん。黒田さんが大きな誇りを与えてくれたと感じています。

江の川漁協 元組合長 辻󠄀駒健二 さん(79)
「自分らがやってきたことが文化だといわれりゃ、はあ、わしらのやってきたことが文化か、言うてね。先生はうなずきながらね、自分の講演の話を聞いてくれよったけえね。あー、よかったよかった言うてね。話を。今でもこうして話しよりゃ涙が出るがね。先生の出会いがあって…」