その後、沖縄に戻り、新たなキャリアをスタートさせた古謝さん。

「誰もが挑戦できる社会へ」その訴えの背景には、自身の経験がありました。
告示日以降、古謝さんが頻繁に訴えるフレーズがあります。
「誰かのせいにしない沖縄をつくりたい!」
古謝玄太 候補
「討論会をする中で、(沖縄の)課題が解決しないことに対して、国がちゃんと向き合ってくれないんだとか、あるいは大企業が搾取しているんだみたいな形の話がよく出てきまして、ここが自分の主張と違うところなんだなと思ってですね―」

「戦争体験だとか、その後の27年の米軍の施政下に置かれているなかでは、もう理不尽なことがたくさんあってですね、先人の皆様には敬意を表しつつ、次の時代を見つめる中では、そろそろ自分たちで自分たちの責任としてですね、そういう時代を作っていってもいいんじゃないかなと―」








