太平洋戦争中、アメリカ軍の攻撃で沈没した学童疎開船「対馬丸」に乗り犠牲となった8人の遺影が、那覇市の対馬丸記念館で新たに掲示されました。



1944年8月22日、長崎に向かっていた学童疎開船「対馬丸」は鹿児島県の悪石島沖でアメリカ軍の潜水艦に攻撃されて沈没し、学童ら1484人が犠牲となりました。


15日対馬丸記念館では当時8歳から43歳までの新たな8人の遺影が遺族らによって1枚ずつ丁寧に掲示されました。

このうち1枚は遺族の父親の弟で、生前の写真が残っていなかったため父親から聞いた「丸顔で耳が大きい」といった特徴を元に自らAIを使って肖像画を作成したということです。

▼父の弟を亡くした遺族「童名でせいちゃんって言うんですけど、せいちゃんが生きた証が一行の名前だけなので心が重たかった。似ているか似ていないかは、親族では分からないですけど、形を残せるのが私たちの希望につながった」


対馬丸記念館によりますと、これまでに集まった遺影は犠牲者の4分の1ということで引き続き遺影の提供を呼びかけています。