名護市辺野古沖で、ヘリ基地反対協議会(以降「反対協」)が運航する船2隻が転覆し同志社国際高校の武石知華(たけいし・ともか)さんと船長の金井創(かない・はじめ)さんが死亡した事故から2か月がたちました。RBCでは、事故当時の状況をより詳細に把握するため、海上保安庁と消防に記録の開示を依頼。届いた公文書を読み解くと、これまで語られなかった現場の混乱と、救助を阻んだ「壁」が見えてきました。
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(※おことわり… RBCでは、この事故の経緯等について当初WEB上に不正確な情報が錯綜し、生徒らへの誹謗中傷が予想されたため、WEB記事においては死亡した武石知華さんの実名を伏せて報道してきましたが、現在はご遺族が知華さんについて実名で情報を発信をしていることを踏まえ、本記事より実名報道に切り替えます)
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「ドウシシャコクサイの修学旅行です」
「乗っていたのは20人くらい」
RBCが海上保安庁と消防から入手した資料。文書を読むと、現場の混乱と、救助を阻んだ「壁」が浮かび上がります。
事故発生は午前10時10分。その4分後から118番通報が入ります。海に投げ出された高校生からでした。








