太平洋戦争末期の激戦地、硫黄島では、多くの兵士が犠牲となりました。
硫黄島で亡くなった戦没者の遺族のもとには、遺骨が返還されていないという人もたくさんいます。
こうした遺族のもとに現地の砂が届けられました。

硫黄島の壮絶な戦い 約770人の宮崎県内出身者も犠牲に

東京都心から南へ1250キロの場所にある硫黄島。
ここでは、太平洋戦争末期に日本軍とアメリカ軍の間で壮絶な戦いが繰り広げられ、およそ2万人の日本兵が犠牲となりました。

このうち、およそ770人は宮崎県内出身者だということです。