15日、終戦から80年を迎えました。
宮崎県内各地で戦没者への祈りが捧げられ、人々が平和と向き合いました。

戦争の経験を伝える人が減っていくなか、重要となるのが次の世代への継承です。

宮崎市の神宮会館で開かれた「県民の集い」では、宮崎大学教育学部3年の高橋雷門さんが次のように語りました。

(宮崎大学教育学部3年 高橋雷門さん)
「歴史を学ぶことは、過去の出来事を学ぶだけではなく、未来を考えるための羅針盤だと感じます。私は英霊の方々の守ってくださったこの日本を日本人として誇りに思い、その思いを誰かに繋いでいく人でありたいです」

会場には、実際に戦争を経験した人も。
宮崎市の竹内敬郎さん(99歳)。

竹内さんは1945年5月に海軍に入隊し、その後、特攻兵器の一つ、特殊潜航艇の乗組員として訓練に明け暮れていましたが、出撃することなく終戦を迎えました。

(竹内敬郎さん・99歳)
「お国のためとか、天皇陛下のためにとか、そんなことは考えていなかった。戦争に負けたら親父がやられる、おふくろがやられる、弟がやられる、それならやっつけろだよ、それしか考えてなかったですよ。今、この歳になってますから、若い人たちに私の経験というのは話そうということで、今、大抵話してます。もうそのためにしか生きとるあれはないでしょう」

4万1874人の戦没者がまつられている宮崎市の県護国神社。

「英霊感謝祭」には遺族らが参列し、故人をしのびました。

参列者の古川俊子さん(85歳)は、海軍の任務で台湾に赴いていた父・小堀俊男さんを亡くしました。

(戦争で父を亡くす 古川俊子さん・85歳)
「2度とあなた(父)たちのような人を出さないような日本であってほしいし、全国の人がみんなそういう気持ちになってほしい。私たちは80年経っても語り継いでいきたいという考え方がいっぱいある。二度と戦争をしてはいけないよって」

終戦から80年。
戦争の記憶をどのようにつないでいくかが問われています。