自治会長「窓岩は心の支え」
曽々木自治会長・刀祢さん「この希望の灯りをつくろうと、プロジェクトを立ち上げたのは、震災の年の秋でした。それから1年4ヶ月ほどたちましたが、ようやく点灯式を迎えることができました。その間、色々な人たちのご支援・ご協力がありました。クラウドファンディングではたくさんの人たちが支援を行ってくださいました。それから、寄付をお願いしたときには、大勢の人たちがご寄付をしてくださいました。金銭的なものだけではありません。」
「ボランティアの人たちも、たくさん私たちのことを手伝ってくださいました。たとえばですね、この設置場所を決めた時、そこにあった大きな岩を砕いてくださったのもボランティアでした。あの夏の暑い中、一生懸命大きな岩を砕いて海岸まで運んでくれたのが、今治から来た高校生たちでした。今はこうして平面の土台になっていますが、周りに残った2/3ほどの岩から、その大きさが窺えると思います。」
「それから、クラウドファンディングの返礼品は、この曽々木地域にある大切な輪島塗、それを返礼品としてご支援いただいた方にお送りしました。その仕事を手伝ってくれたのも、ボランティアの方々でした。また、この希望の灯りのデザインは、大阪電気通信大学の准教授であられる北澤誠男先生とその院生がご厚意で設計してくださいました。北澤先生は、発災からまだ間もない頃から曽々木にボランティアに来てくださっており、そのご縁で設計・デザインを引き受けてくださいました。こうして繋がった方々とのご縁に何度も励まされてきました。」
「そして、希望の灯りのモニュメントは、小松市にある森造形センター株式会社さんが、みなさまの希望になれば、と原価で引き受けてくださったものです。この場を借りて、改めて御礼を申し上げます。」
「本当に色々な方々が、このプロジェクトのために力を尽くしてくださいました。その力の合わさった結晶が、この希望の灯りだと思っています。」
「この希望の灯りのねらいは、三つあります。
1つめは、能登半島地震でたくさんの方々が亡くなりました。その亡くなった方々への追悼の灯りとしたい。
2つめは、肉親を亡くし、あるいは友人を亡くし、非常に辛い思いをされている方々、それからなりわいをなくし、家をなくし、金沢や県外へ移住せざるを得なくなった人たちが、厳しい環境の中でも、前を向いて、希望をもって生きる、そうしたしるべとしてほしいと、(希望の灯りに)そのしるべとなってほしい、ということ。
そして3つめは、やはり、この窓岩を忘れたくない。私たちの心のシンボルでした。その窓岩が崩れてしまい、こんな状態になってしまいました。でも、絶対に忘れてはならない。そういう想いで、この希望の灯りに窓岩のかたちを復元しています。」
「こうしてたくさんの方々のお力を借りて、この希望の灯りを、設置できたわけですけれど、この趣旨を、被災地のみなさんに浸透させたい。それから、希望の灯りが町野町にあるというこの存在を、全国の人たちに知ってほしい。」
「その願いを、達成させるには、私たちの力だけではなかなかできない。行政の力が必要であるというふうに考えました。そこで、坂口茂市長に、なんとか行政の力で助けてほしいとかけあったところ、寄付というかたちで、市の持ち物にすれば、輪島市としての支援は可能であるという返答をいただきましたので、曽々木地区自治会で協議した結果、輪島市に希望の灯りを寄贈することにいたしました。」
既に報道されておりますとおり、希望の灯りは曽々木地区自治会から輪島市に寄贈されました。











