
「もう、戻れない」直径8ミリのロープに命預けて
「キャニオニング」は、ロープを使って渓谷を上流から下流に降りていくアクティビティ。田中さんがライフワークとしているのは、海外の秘境や未踏の地を目指す、より高難度のキャニオニングだ。
セティ・ゴルジュでのキャニオニングは、スケールの大きさもさることながら、冬場の探検で“寒さとの戦い”でもあった。
滝のしぶきを浴びるたびに、ドライスーツ越しに体温が奪われ、指先を使う細かい作業が必要なときにも手がかじかんで自由にならない。
さらに、谷底にたどり着き踏破した後、絶壁を登って帰るときには、風向きが変わって滝の水を浴び続ける状況となるなど、最後の最後まで困難に見舞われた。
それでも、これまでのキャリアの中で最大級の渓谷を制覇できたことの達成感はとても大きかったと、田中さんは振り返る。
▼田中彰さん
「準備やトレーニングに大変な労力を費やしてきた一大プロジェクトだったので、達成感や満足感と同時に『終わってしまう寂しさ』もありました。『地球上にこれ以上の渓谷を、この先見つけることができるのだろうか』という不安も感じましたね」
この偉業は、谷の成り立ちの解明など学術的にも評価され、2023年の「植村直己冒険賞」受賞につながった。

▼田中彰さん
「キャニオニングが難しいのは『引き返すことができない』ということ。谷底に下りていく途中で、その使ったロープを引き抜いて、次、また下りるところに使う。だから『来た道は、もうない』。進み続けないと生きて出てこられない。非常に緊張感があります」
渓谷探検のゴールは、谷底からの脱出まで。常につきまとうのが「死の恐怖」だ。