脳裏に浮かぶのはターニャの顔
「えっ、今からですか?帰れるって、どこへですか?」
「ヤポンスキー(日本)じゃないか」
夢にまで見た祖国への帰国。もう二度と踏めないと思った祖国の大地を、今一度踏みしめることができるのかと思うと嬉しいはずだったが、なぜか心の底から沸き立つ喜びはなかった。唐突すぎて、心の整理がつかなかったからか。やはり、ターニャのことが頭にあったのだろう。

ターニャをウクライナへ笑顔で送り出すつもりが、自分の方が先にシベリアを離れることになってしまったのだから。出発は明日、ターニャに一刻も早く伝えなければいけなかったが腰が重かった。
同じように明日にも帰還する仲間らは、明るい声をあげながら、帰り支度を急いでいたが、日本への出立の準備などには時間はかからなかった。そもそも、荷物などなかったし、持ち帰るものも殆どなかった。唯一の心残りと言えば、ターニャのことだった。










