最大震度7を観測し、68人が犠牲となった中越地震から23日で21年です。被災地では記憶を継承するための取り組みが行われています。

午後5時56分。
長岡市の山古志地域では、地震が発生した時刻に合わせて黙とうが捧げられました。

2004年10月23日に発生した中越地震では、旧川口町で最大震度7を観測。68人が犠牲となり、およそ4800人が重軽傷を負ったほか、12万棟を超える住宅が被害を受けました。

長岡市 妙見町では親子3人が乗った車が土砂崩れに巻き込まれ、当時2歳だった男の子が助け出されましたが、2人が亡くなりました。

その近くでは献花台が設けられ朝から訪れた人が花を手向けていました。

【長岡市から(40代)】「大きな災害が実際あったことは忘れずに、これから若い世代の方にも忘れずに覚えていただきたい」

また、小千谷市では市内の中学3年生を対象に防災塾が開かれ、防災システム研究所の山村武彦 所長が「災害はいつどこで起きてもおかしくない」として、家庭などに『安全ゾーン』を作る重要性を訴えました。

【防災システム研究所 山村武彦 所長】「(安全ゾーンは)転倒、落下物の少ない閉じ込められない場所。あまり物が置いてない、倒れやすい物や、そしていざという時 脱出できる場所=“玄関は命の通り道″」

【中学3年生は】「いつでも自分に起こり得ること、自分ごととして考えるようになった」

【中学3年生は】「自分には弟がいるので、防災の大切さ、生きていく上で大切なことを話してみたい」

生徒たちは、1週間分の備蓄をすることや周囲の人と互いに助け合うことなど日頃からの備えを学んでいました。