勝つための4回転半ジャンプ

前人未到の大技4回転半ジャンプは今の羽生にとって『挑戦』という言葉以上の特別な意味を持っているという。

Q.全日本選手権で4回転半ジャンプに挑戦されて、足の状態はどうですか。
羽生「もちろん、痛み止めを飲みながらやってる事は間違いなくやってるんですけど、でもそんなに強いものは飲んでなくて平昌オリンピックとかに比べたら本当に3分の1ぐらいに済んでるので、まあ人間が飲めるっていう推奨されている量で済んでるので全然、大丈夫ですね。まあ間違いなく蓄積されているダメージだったりだとか全日本に向けて無理した部位とかもあると思うのでしっかりとケアをしながら。何よりもオリンピックで4回転半を跳びたいって気持ちは強くありますけど早く練習したいって気持ちもありますけど出れなきゃ意味がないので練習できなきゃ意味もないですし、しっかりやっていきたいです」

Q.ファンからは見たいという声もあれば体への負担を考えて心配だという声もあったり、どうとらえていますか
羽生「難しいなとは思います。たぶんきっと一番感じているのは僕だと思います。見てくださる方々もたぶん難しいなっていうことはわかってくださっていると思いますし、気持ちをすごく寄り添わせてくださってるのもわかるんですけどでもなんか昨日、今日と過ごしてみてやっとなんかみんな心の底から4回転半おりてほしいなって思ってもらえるんじゃないかなって今、思っています。今までは、確かに夢は叶えてほしい。けど降りたら辞めちゃうんだよなっていう怖さみたいのものが皆さんの中にあってたぶん報道している方々の中にもあって、だからこそ僕が全日本に来た時にオリンピック出ますって、その覚悟できましたって言った時にすごくみんな嬉しそうにしてくれて、それもまた嬉しかったんですよね。こんなに望まれているんだなと。僕自身のスケートってもう僕の手から離れ切っているわけじゃないですけど。皆さんのものなんだなって。だからもちろん滑り切るのは僕ですし最後まで頑張り切るのは僕なんですけど、皆さんが期待して下さっている姿を僕は全うしていきたいなと思います。それが4回転半ジャンプであってオリンピック三連覇だと思います」

Q.優勝会見でも皆さんの為にという言葉があったりして、これまでのオリンピックとはちょっと違う気持ちですか。
羽生「僕自身が心からオリンピックに出場することを望んでいたかといわれたら、それは今までの人生の中ではなかった。そう考えるとやっぱり一番は皆さんの為にかなと。でも今までの競技人生全部振り返った中で一番良かったのは皆さんの為にって誰かの幸せのためにって滑った時が一番良かったんで、それを信じてまた自分を追い込んで頑張りたい。これからも応援よろしくお願いします。また北京五輪まで頑張ります」

■羽生結弦
1994年仙台市生まれ。4歳からスケートを始める。2010年世界ジュニア選手権に中学3年で出場して優勝。2014年ソチ五輪で日本人男子初となる金メダリストを獲得。2018年平昌五輪で連覇を達成。