60年以上の歴史「岸和田の誇り」「あこがれの場所」

岸和田は江戸時代、大阪南部唯一の城下町として発展。岸和田藩は大坂城に異変があれば真っ先に駆け付ける役割を担っていたとされています。そのため、市民の間でなじみの深かった武道を通じて青少年を育成しようという機運が高まり、道場の建設を願う寄付も集まったといいます。そして1961年、念願の市民道場として「心技館」が誕生。以来、泉州地域の武道の中心として時を重ねてきました。
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松端さんは剣道7段。この道場で60年以上、心と技を磨いてきました。
(松端孝元さん)「あれが神棚です。神棚をまつっている道場なんてそうないと思います。道場には立派な先生がいます。人間としてどうあるべきか、剣道とはどうあるべきかというような指導理念があって、それを慕って稽古に来る」
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現在、剣道・柔道・空手・居合道の団体がここを使っていて、毎日のようにいずれかの稽古が行われています。
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2019年のG20の際には海外メディアの取材も入り、元剣道部の永野耕平市長自らが剣道を披露。「岸和田の誇り」として紹介しました。市民にこの道場について聞くと…
「柔道一直線って知ってる?あれにあこがれて柔道で通ってたんや。よー投げられた先輩に(笑)」
「うちの息子が剣道をやっているので、あこがれの場所。最近すごく岸和田城も人気が出てきてたくさんの方が来てくれるので、そのときにここに心技館があると価値を皆さんに知っていただけて、すごく素敵なところではないかなと」














