能登半島地震で300棟余りの建物が焼き尽くされた観光名所の輪島朝市通り。輪島塗の店を営んでいた夫婦は、復興への道しるべを探し求めます。

喜三悦子さん
「なんでしょうこれ、なんか夢みたいな。実際来てみて、足運んでみてびっくりしました」

日常の生活に溶け込んでいた輪島朝市通り。その変わり果てた姿を目の当たりにした喜三悦子さん(63)。本来であれば新年の4日、通りでは1年の商いが始まるはずでした。

喜三さんは夫の誠志さん(62)と一緒に店を構え、伝統工芸品の輪島塗を販売してきました。

喜三悦子さん
「ふくろうだけ出ています。なんか笑っているような気がします。頑張ってねって」

地震の発生から20日以上経って、ようやく夫婦で訪れた朝市通り。観光名所だったにぎわいの場は焼け野原に、鼻をつくような焼け焦げた匂いだけが辺りに立ち込めていました。

喜三悦子さん
「自分の店のところ、跡地を見てみたかったので。今まで頑張ってきた」

ふたを開くと、美しい日本の山水風景が現れる煮物用の椀。漆で絵柄を描いた器の表面に金粉や銀粉をまいて装飾する「蒔絵」の伝統技法が使われています。蒔絵職人の誠志さんが施したものです。

喜三誠志さん
「残っていたの、この焼き物ね。このくらいしか残っていなかった」

残ったのはわずかな湯呑みや茶碗だけ。自ら蒔絵を施した輪島塗は1つも残っていませんでした。

それでも、「大勢の人が集まる賑やかな輪島をもう一度見たい」誠志さんの思いです。

喜三誠志さん
「残念だが、私はまた作ろうと思えば作れますから。輪島の朝市は何年かかるか分からないが、絶対に復興すると思うので、そのときにはまた、ぜひ遊びに来ていただきたい」

二人三脚で歩み続けた思い出の詰まった場所。商品も、店も、全てを失ってもなお、2人は朝市の未来を信じて前を向きます。