17年前にも“カニ籠が無くなった”
頭に浮かぶのは17年前に起きた2007年能登半島地震の経験です。

カニ漁師 塩谷久雄さん:「それ一番難儀やったね、大変やった。その時もやっぱりカニ籠無くなっとんがね。カニ入るようになるまで1年くらいかかっとたんじゃないかな」


そのときもカニの生息場所が失われ、漁獲量が元に戻るまでに10年以上かかったといいます。
カニ漁師 塩谷久雄さん:「市場の中に並べとるくらいのカニになるまで、一番大きいカニなるまで13年、14年くらいかかってしまう」

カニの生息場所が定着し、大きなカニまで育つには時間がかかるといいます。今は所有する倉庫で乗組員とロープを繋げる毎日です。
カニ漁師 塩谷久雄さん:「乗組員も生活かかっとからねえ、うちでじっとしてても給料にならんしね」
漁が止まっている今、塩谷さんに収入はありませんが、3人の従業員の生活を考え、漁に出られない代わりに、倉庫で朝3時間ほどロープを繋げたり、バイ貝漁のための籠の準備をしてもらったりしています。
カニ漁師 塩谷久雄さん:「預けてある銀行からお金をおろしてきて、若い乗組員に給料を払わんとあかん。痛いね、頭が痛いね、なんか薬あればいいがやけど」
従業員3人の給料を払うために貯金を切り崩しているといいます。今後、3月のホタルイカ漁解禁まで、カニのシーズンは続きますが、その後、塩谷さんの生活を支えるのは、5月から始まるバイ貝やエビ漁です。

しかし、それさえも富山湾の海底の状態が変わってしまった今、どうなるのかまだわかりません。
塩谷さんの願いは…。
カニ漁師 塩谷久雄さん:「富山湾の中にカニが移動して住みついてくれればいいがやけど」

今は祈るばかり、頭の痛い日が続きます。