脱炭素社会に向け水素を巡る技術開発が激しさを増す中、アメリカでは今、官民一体の巨額のプロジェクトが進行中だ。日本は水素関連の技術が優れていると言われるが、この先も競争優位が保てるのか、その課題を取材した。
米は官民一体で事業推進。日本は技術でリードもビジネスはアメリカ追随

アメリカ中部のネブラスカ州の広大なトウモロコシ畑に世界最先端の水素製造プラントがそびえ立つ。運営するのは水素製造ベンチャーのモノリスで、天然ガスから水素を製造する過程で発生する二酸化炭素を独自の技術で固体炭素「カーボンブラック」にする技術を開発した。
カーボンブラックを使ってタイヤやインク、マスカラといった日用品を製造すれば、環境に優しいカーボンフリーをうたった商品にできる。クリーンエネルギーとしての水素を製造するのみならず、同時にカーボンフリーの素材を製造するとあって、世界各地から出資のオファーが殺到しているという。
アメリカ政府は2021年に10億ドル、約1400億円の融資保証を決めており、現在、年間5000トンの水素製造量を2026年には12倍に拡大する方針で、まさに官民一体での水素プロジェクトが進行しているのだ。

モノリス ロバート・ハンソンCEO
アメリカのエネルギーミックスで水素の果たす役割は大きくなっていくだろう。クリーンな燃料として発電、航空機、バイオディーゼルなどへの活用が期待される。
次世代のクリーンエネルギーの本命とも言われる水素。世界は水素社会へと大きくシフトし始めている。
アメリカが主導するIPEF(インド太平洋経済枠組み)は11月の首脳会合で、新興国での水素の活用など脱炭素化を支援する基金の創設で合意した。日本とアメリカ、オーストラリアが3000万ドル、日本円で約43億円規模の支援を行う。

バイデン政権は2022年8月に成立させたインフレ抑制法で気候変動対策に3690億ドル、55兆円以上の予算を充てることを決めた。水素の普及をその柱とするべく、水素の生産設備に投資する企業の税負担を大きく軽減する。

日本は2011年から20年までの水素関連の特許件数の割合が全体の24%を占め、技術力で世界をリードしている。ところが、23年6月に改定された政府の水素基本戦略によると、水素の開発や普及に向けた投資は今後15年間で官民合わせて15兆円にとどまる。技術で優位に立ちながら日本は水素ビジネスでどこまで競争優位を保てるのだろうか。

23年10月、三菱重工業の宮永俊一会長はアメリカのウエストバージニア州に与党民主党のマンチン上院議員を訪ねた。マンチン上院議員は水素など脱炭素化を推進するインフレ抑制法の制定を進めたベテランだ。水素を燃料としたガスタービンの生産など技術力に強みを持つ三菱重工は今、アメリカ政府の手厚い支援を追い風に水素ビジネスを広げようとしている。

22年6月に建設がスタートしたユタ州にある世界最大級の水素の製造・貯蔵施設「ACES(エイシス)」。地下に巨大な空洞を作り、水素をためるというプロジェクトで、三菱重工はアメリカ企業と合同で建設を進めている。
空洞を掘り地下に貯蔵する方法は地上にタンクを作るより低コストで、二つの空洞で合わせて1万1000トンもの水素を貯めることができる。これは日本の家庭約7万世帯の1年間の電力消費をまかなえる量で、世界最大のグリーン水素の貯蔵施設になる。2025年から発電所に水素の供給を始めることにしており、22年にアメリカ政府から5億ドル、700億円余りの融資保証を受けることが決まった。

三菱パワーアメリカ ビル・ニューサム社長:
政府の資金援助は大きな力です。アメリカの脱炭素に向けた技術革新や企業間の協力が促進される。
三菱重工は水素など脱炭素の最新技術を取り入れようと、アメリカのベンチャー企業10社に出資している。

三菱重工業 境亮祐氏:
アメリカはイノベーションの国で、ゼロからイチ、新しいものを作るというところに長けています。アメリカから日本へ、そして日本からアジアへと脱炭素につなげていければと。
水素大国を目指し、猛スピードで動くアメリカ。日本企業がアメリカで得る知見が今後、日本の水素ビジネスの行方を大きく左右しそうだ。