新谷に追いつかれながらも突き放した廣中

第2中継所を3区の選手たちは、以下のような順位とトップからのタイム差で走り出た。

1位・資生堂(一山麻緒)
30秒差の2位・ヤマダホールディングス(筒井咲帆)
30秒差の3位・豊田自動織機(川口桃佳)
47秒差の4位・日本郵政(廣中璃梨佳)
50秒差の5位・積水化学(新谷仁美)
51秒差の6位・ダイハツ(加世田梨花)

すぐに新谷と加世田が廣中に追いつき、3チームが集団で前を追い上げ始めた。2km通過は廣中が6分09秒(非公式。以下同)で、トップの一山との差を10秒ほど詰めていた。だが意外にも、2.1km付近で新谷が後れ始めた。「懺悔しながら走っていました」と新谷。「体がまだ鈍っていた時だったので、スタートの時も不安だな、っていう感じはありました」。

廣中は3.6kmで2位争いをしていたヤマダホールディングスと豊田自動織機に追いつと、4kmからリードを奪って単独2位に。5kmは15分33秒で通過し、一山との差を20秒にまで縮めていた。そして7.9kmで一山に追いつき、8.9kmからリードを奪って単独トップに躍り出た。

だが一度後れた新谷が、一定の差を保ちながら立て直していた。そして驚くべきことに、10.3kmで廣中の前に出たのである。3区で2度目の首位交代だった。新谷は3年前の20年に3区の区間記録をマークし、その翌月には10000mの日本記録(30分20秒44)を樹立した。10km前後のスピードが最も高かった時期である。

しかし昨年は、世界陸上オレゴンで30分39秒71の日本歴代2位をマークした廣中の方が、スピードでは上だったかもしれない。一度は数m後れかけた廣中が、10.5kmで新谷に並んだ。10.6kmでタスキを取ると、10.7kmで腕を大きく振ってスパート。新谷を2秒引き離して4区に中継した。

「新谷さんが追い上げてきているのは、ラスト2~1kmくらいのところから感じていました。(並ばれてから新谷の様子を見る余裕は)ありませんでしたが、どこでタスキ取って、どこで仕掛けるか、見極めようとはしていましたね。1番でタスキをつなぎたい思いが強かったので、スパートでは絶対に負けない、という気持ちで走りました。1番でつなぐ気持ち以上に、1秒でも早く4区にタスキを渡すんだ、という気持ちの方が強かったですね」

結果的に新谷に1秒差で区間2位。廣中の中学から続いていた連続区間賞は途切れたが、そのことに悔いはない。廣中はチームのことだけを考えて駅伝を走っているからだ。駆け引きはいっさいしないで、チームのために1秒でもタイムを稼ぐ。自分の力を100%出し切る。それがチームの成績を上げることになる。日本郵政は4区で2位に、5区で3位に後退した。前年の4位から1つ順位を上げることには成功したが、V奪回はできなかった。

今年もクイーンズ駅伝には、前年より成長することをテーマに臨む。廣中自身は世界陸上10000mで7位と、東京五輪に続く入賞を成し遂げた。地元五輪は勢いに乗っていた側面もあったが、2度目の入賞で地力アップを証明した。2区終了時のトップとの差が昨年は47秒だったが、それを20秒程度の差にできれば、日本郵政が3区の廣中で大きなリードを奪う展開が可能になる。

新谷がスピードを武器とするマラソン選手だからできたレース展開

驚かされたのは序盤で後れた新谷が、後半でトップに立つまで持ち直したことだ。スピードで突っ走る3区では、珍しいと言っていい現象だった。新谷はどうして立て直すことができたのか。「対策という意味での練習はあまりしません」と新谷。一度後れてから追い上げるメニューをやっているわけではない。

「しかし調子が悪くて、ポイント練習のタイムがどんどん落ちていくことはあって、そこで持ちこたえなければ、と頑張るクセをつけておけば、試合につながると思います」

距離が短い2区や4区では、長距離選手では立て直せないという。一斉スタートの1区が一番、リズムが崩れても戻しやすいという。同じ10km区間の3区と5区では、3区の方が立て直しやすい。

「3区は差が付いても、後半区間ほどは大きくなりません。コースも直線なので前が見えるんです。5区だと曲がり角も多いし、コース自体が(起伏が多く)タフなので難しくなります。3区だからできたと思います」

メンタル面も前向きだった。スタート時に体の“鈍さ”を感じていたし、昨シーズンの成績から「スピードだったら廣中さんの方が全然上」と感じていた。それでも「ここで速い動きをできればマラソンに上手くつながる」とポジティブに考えられた。「私は実業団に入ってずっとマラソンをやっている選手ではなく、5000mや10000mをベースに練習を行っています。多少鈍くても、極端な不安はありませんでした」。

トラックのスピードを武器にマラソンに挑戦している新谷だからこそ、驚異的な追い上げと廣中とのデッドヒートができた。