北海道の交通安全を、自前のハーレーダビッドソンで見守って16年。
「北海道ハーレー警ら隊」が11月、活動の幕を下ろしました。
「北海道ハーレー警ら隊」副隊長 松井敦利さん(60)
「北海道の安全安心のために活躍してくれた隊員の皆さん、人生を全うし天国から私たちを見守ってくれた隊員の皆さんにも心からの感謝を申し上げまして、お礼の言葉とさせていただきます」
11月10日、札幌市で行われた「北海道ハーレー警ら隊」の解散式。涙ながらに、壇上で感謝の言葉を伝えたのは、副隊長の松井敦利さん60歳です。
ハーレー警ら隊は、2007年9月、当時、札幌市で発生したトラックが通学中の小学生2人をはね、大けがをさせた事故をきっかけに、愛車のハーレーで地域の交通安全を呼びかけられないかと考えた松井さんが立ち上げました。
札幌市北区を中心に、旭川市や稚内市、函館市など全道4地区総勢65人のメンバーで、道内の交通安全を見守ってきました。
メンバーの活動は様々で、その地区の警察が企画する交通安全啓発への参加や、地域のスポーツ大会での先導。さらに彼らが力を入れていたのは小学生同士のメッセージ交換です。
発足のきっかけにもなった事故と同様の事故が起こった、函館市の小学校の児童と屯田小学校の児童とが、交通安全のメッセージを書き、警ら隊が互いの小学校に届けるなど多岐にわたります。
発足の地・北区を管轄する札幌北警察署には、自身が小学生の頃、警ら隊の活動を実際に見たことで警察官を志し、現在も活躍する署員もいます。
そんな彼らですが、活動はあくまでボランティア。普段はハーレーとは全く関係のない職業に従事しています。特に副代表の松井さんは…
「いらっしゃいませ!」「天ぷら揚がります」「ありがとうございました!」
あるときは、奥さんと二人三脚で、地元でも人気のあるそば店の店長として、またあるときは土木関係の会社の社長として、日々活動しています。
さらには、警ら隊だけでなく様々な形でパトロールを行うなど、地域の交通安全に関わるボランティア活動も行っています。
溢れる活力の根底には「地域などへの恩返しの気持ち」があると松井さんは話します。
松井敦利さん(60)
「人々の強い絆の力で、地域を安心・安全な街にしたい」
その一心で活動を続けている松井さんに共感した全道各地に住むハーレー乗りのメンバーたちと歩んだ16年間。
なぜ、このタイミングで解散を決めたのか…。
松井敦利さん(60)
「交通安全をうたう自分たちが、交通事故を起こすようじゃ何にもならないんじゃないか。苦渋の決断だったが、解散を決めた」
解散の大きな理由の一つに、隊員の高齢化があります。隊員の平均は70代。隊員の中でも若手だという松井さんも、もう60歳です。
隊員が高齢化していく中でも、ハーレー警ら隊を続けたい…。後継者を募ることを考えた事もありましたが今、抱える警ら隊の苦悩や自身が経験してきた苦労を他人に引き継いで活動を続けることが、果たして良いことなのか…そう考え続けた結果、今年での解散を決めました。
松井敦利さん(60)
「解散はギリギリまで悩んだ。昨日(解散式前日)まで」
解散式当日、そう本心を漏らした松井さん。そんな複雑な思いを抱きながら迎えた解散式では、活動の功績を称えられ、長年の活動を振り返る映像が流れると、涙を浮かべる隊員もいました。
最後の挨拶では、警ら隊を代表し松井さんが、共に活動を続けてきたメンバーや解散式に駆けつけた人々の前で、涙で言葉に詰まりながら、16年間の感謝を伝えました。
解散式が終わった2日後の12日、記者のもとに松井さんから連絡が。
松井敦利さん(60)
「無事に活動を終えたことを、自分の父にも伝えたい」
松井さんの運転で、父親が眠る市内の霊園へ同行させていただくことに。
松井敦利さん(60)
「何かに悩んだり、迷ったりした時には、こうして父親の所へタバコとコーヒーを供えに来る」
姿も見えず、言葉も聞こえずとも教え、導いてくれているような気がする…。今回、解散を考えたときにも、こうして父親の元を訪れ、話しかけたといいます。
報告を無事に終えついに、ハーレー警ら隊の活動に幕を下ろした松井さんの表情は、記者からは解散式の時より、心なしか晴れ晴れしていたようにも見えました。
「北海道ハーレー警ら隊」の副隊長として、16年間にわたる長い活動を終えた松井さん。警ら隊としての活動は終わっても、今後も継続し、地元の北区をはじめ道内の交通安全のため、精力的に活動を続けていきたいということです。
◇HBC:伊藤亜衣