モットーは“清く正しく美しく”…「タカラヅカ」の成り立ち

昭和初期の宝塚歌劇の映像、今と同じでとても華やかです。実は宝塚の始まりは温泉地の余興からでした。
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最初に思いついたのは「箕面有馬電気軌道」、現在の「阪急電鉄」の創業者・小林一三氏です。大勢の客に電車に乗ってもらうには何か目玉が必要だ、ということで考え出したのが、宝塚新温泉で無料のショーを見せるというものでした。
最初の舞台はプールの跡地で、失敗したらまたプールに戻すつもりでスタートしたといいます。そのため最初はとにかく歌の好きな女性を集めたお遊戯のようなものだったそうです。
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ところが、これが大評判となり、せっかく見てもらうならしっかりしたものにしなければと、海外のショーを取り入れるなどした結果、それまで見たこともない華やかな舞台となり、日本中にその評判が広がりました。
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「とにかく目一杯楽しんでもらいたい」。そんな気持ちが余興として生まれた宝塚歌劇を成長させ、これまでに多くの著名人を輩出してきました。
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現在も宝塚に憧れて宝塚音楽学校を目指す女性は毎年後を絶ちません。これまでの合格発表の際には、合格した受験生たちが喜ぶ姿がありました。
【1981年の合格発表】
(記者)「番号はあった?」
(受験生)「はい、ありました」
(記者)「初めて受験した?」
(受験生)「いえ、違います。3回目です」
(記者)「どうしても入りたかった?」
(受験生)「はい、もうここしかイヤです!頑張ってきたかいがありました」
【1984年の合格発表】
(記者)「ロンドンから受けに来た?」
(受験生)「はい、そうです」
(記者)「入れると思った?」
(受験生)「ダメだと思っていました」
(記者)「合格したと聞いてどうだった?」
(受験生)「もう信じられないです」
(記者)「あなたにとって宝塚とは?」
(受験生)「もうすべてです」
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(新入生 1981年)「私たちは清く正しく美しく、宝塚音楽学校の生徒として、輝かしい栄光の宝塚を次の人たちへつなげていくことを誓いまして、私たち本年度入学生の答辞といたします」
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入学式では先輩から校章のバッジをつけてもらうのが慣習です。
代々芸が受け継がれ、2024年で110周年を迎える宝塚歌劇団。『劇団員の死』をきっかけに浮き彫りとなった問題を受け止め、「伝統継承」だけではなく「新たな変革」が求められています。














