「イスラエルは世界の前線に立って悪と戦っている」

2002年3月、ニューズウイークの表紙に二人の少女のポートレートが並んだ。方や自爆テロを決行したパレスチナ人、アヤト。方やその自爆テロで死亡したイスラエル人、ラヘル。奇しくも同じ年に生まれ、同じ日に死んだ二人。当番組のキャスター松原耕二は5年前2人の少女の母親を取材していた。母親たちは事件の4年後、ラヘルの母の呼びかけで対話を持った。娘を失った母親同士、何か分かり合えると思ったから…。だがそれぞれの言い分は平行線を辿り、歩み寄ることはなかった。松原が2人を訪ねたのはその12年後だった。
アヤトの母はパレスチナ自治区の難民キャンプにいた。暮らしぶりは良くなったか聞いた…。


パレスチナ人アヤトの母
「悪くなった、何もかも…。私と息子たち、夫、娘たち、家族みんな一緒だった。今はバラバラ…(中略)私はエルサレムで祈ることも禁じられているのに何故彼女はそこで暮らしているの?(中略)占領が続く限り彼女と握手なんてできない。イスラエルが求めているのは平和じゃなく降伏よ」
不満も怒りも何も変わっていなかった。一方、イスラエル人ラヘルの母は…


イスラエル人ラヘルの母
「今はもう占領なんてない。何をそう言うのでしょう。例えばベツレヘムは全域が閉鎖されパレスチナの領地になっている。これ以上何が欲しいのかしら。(中略)パレスチナ人はイスラエル人が嫌いなのです…」
二人の母の溝は埋まるどころか時を隔て深まっているようだった。この時からさらに5年が経った現在、それぞれの思いに変化はあったのか、再び取材を試みたのだが…。
アヤトの母は2年前に死去していた。そして、ラヘルの母からはメールが返ってきた。

イスラエル人ラヘルの母(10月23日のメールより)
「私たちが嫌われているのは土地を奪ったからでも占領しているからでもなくユダヤ人であるからと確信した。イスラエルはパレスチナ人を優遇し仕事を供給し友好を育んできたがお人好し過ぎた。ヨーロッパを含め世界中がパレスチナ支持だが状況を正確に把握しないと次は自分の番だ。イスラエルは世界の前線に立って悪と戦っているのだ」
イスラエルとユダヤ人は常に被害者であって、一人で悪と戦っているという意識はラヘルの母だけの特別な感覚ではないと前出のドキュメンタリー映画の土井監督は言う。
ジャーナリスト・映画監督 土井敏邦氏
「イスラエル人にインタビューして『ホロコーストを体験したあなたたちがどうしてパレスチナ人にあんな酷いことができるんだ』って聞くんです。すると彼らはこう答える。『君は何もホロコーストの恐ろしさを知らない。我々はあのホロコーストを二度と繰り返さないために力をつけてるんだ』『あなたは私たちの苦しみを何もわかってない。アラブ諸国に囲まれた中で生き残るために強い軍隊を持つ。その時に多少の犠牲は仕方ない』と言ってパレスチナ問題を切って行く…」
イスラエル人元兵士、イスラエル人の母親それぞれの思いはある。続いての声は、さらに日ごろ耳にすることがない少数派の人々の声だ。