好きな「映画」と「英語」を活かせる職業が「字幕」。コッポラ監督の鶴の一声で

戸田氏は映画字幕翻訳者を目指してから1本立ちするまでに20年もかかったという。どのように「好き」を「働きがい」にすることができたのだろうか。

戸田奈津子氏:
中学1年で初めて英語のアルファベットを見たんです。今は小学校、幼稚園の子だってABCを読めると思うけど、英語を学ぶことがそれぐらい遅れていたわけです。私は映画が好きだったから、自然にそれを知りたいっていう気持ちがわくわけです。例えば誰か好きな男の人がいた場合には、その人のことを知りたいでしょ。私の場合、男の人じゃなくて映画だったわけ。ペラペラしゃべっているあの言葉も知りたいっていうのがボーナスでくっついてくるわけです。それで、中学から他の勉強は何もしなかったけど、英語だけ一応一生懸命やりました。大学も英文科に行きましたけど、就職の時期が来たら何したいかなと当然思いますよね。自分の好きなことって言えば映画があって、そして英語が好きだったわけ。この二つが活かせる職業が最高じゃないですか。字幕だと思った。実現には猛烈に時間がかかりました。20年かかりましたから。

――字幕翻訳者にはすぐにはなれないものですか。

戸田奈津子氏:
非常に特殊な仕事で、私は劇場の映画だけなんですが、年間何百本と入ってくるでしょ。字幕の翻訳者は10指に満たないんです。それでできちゃう。20人いたら仕事は来ない。そういう小さい社会、業種なの。ですから、なかなか入れないわけですよ。男性のそうそうたる方が陣取っているから、私なんか入れないで、20年待たされた。映画って配給会社が大金はたいて、社運をかけて買ってくるわけです。そういうものを新人にやらせるわけがないでしょ。もちろんプロにやらせますよね。腰掛けでOLもしたけど、あとはフリーの翻訳のアルバイトでずっと食べていました。

――20年の間に諦めてしまうとかは?

戸田奈津子氏:
一度もなかった。

――翻訳の仕事のきっかけは?

戸田奈津子氏:
フランス・フォード・コッポラ監督が一言言ってくださったので入れたんです。私は40歳を過ぎていました。学校を出て20年経って。全然字幕はやらせてもらえない30代の頃に、俳優が来るから通訳の仕事が来ちゃった。翻訳に会話はいらないから、私は30まで英語をしゃべったことがなかったんです。なのに、やれって言われて、記者会見で初めて英語をしゃべったみたいな感じなの。通訳は望みもしない仕事なのに、それがどんどん1人歩きを始めちゃって、どんどんいろんな方が来て、そのうちの1人がコッポラ監督だったんです。

――コッポラ監督との出会いは?

戸田奈津子氏:
「地獄の黙示録」をフィリピンでロケしていらして、長い撮影期間があるから、サンフランシスコからマニラまで何往復もするわけです。真ん中が日本だから、日本経由でいつもフィリピンに飛んでいるわけ。日本に来たときにガイド兼通訳を私がやってお付き合いが始まって、とてもかわいがっていただいて。字幕をしたいということも多分私が言ったんだと思うけど、耳に入れてらして、やっと大作ができたときに、「ずっとロケ地にも来ていたし、私の話をずっと聞いていたから、字幕をやらせてあげたら?」って配給会社に言ってくださって。鶴の一声で私に運が回ってきたんです。

――戸田さんご自身はコッポラ監督の作品を翻訳しろと言われてどうだったんですか。

戸田奈津子氏:
20年待ってたんですよ、うれしいに決まってるじゃないですか。

――「地獄の黙示録」が大ヒットしたわけですが。

戸田奈津子氏:
「一夜にして」と言う言葉がありますけど、黙示録を境に仕事が雨のごとく降ってきたんです。週1本、年間50本が始まりました。

――字幕をつけていくときのコツは?

戸田奈津子氏:
一番の原則は、俳優がしゃべっている間に読み切れる日本語にすることです。1秒間に3文字という原則があって、それに基づいてどんなセリフでも限られた字数の中で訳すわけです。これが字幕の一番の特徴で、他の翻訳とは全く違う。お客様は映画を見ながら字幕を見ているので、瞬間にぱっと目で捉えて分かるような、分かりやすい日本語で、しかも短くて的確で。それが一番の原則、黄金ルールですね。

――セリフは登場人物の気持ちになって?

戸田奈津子氏:
1本の翻訳をするときに、頭の中であらゆる人になります。そうでなければ感情のこもったセリフなんかできません。感情がなきゃ。AIみたいに字を並べているだけじゃないんだから。俳優さんは一つの役をやればいいでしょ、私はあらゆる人の役になって、その人の気持ちになってやってる。ラブシーンがあれば男の気持ちになって女を口説いて、女の気持ちになってその応えをしてって、頭の中でいつもお芝居してます。これが面白いんです。

――映画スターはいろんな努力をされているんでしょうね。

戸田奈津子氏:
みんな映画好きで努力して、ただルックスが良いだけでスターになったわけじゃないわけです、あの人たちは。大スターはみんな人柄がいいんですよ。威張っている人なんか誰もいません。みんな謙虚だし、優しいし、素晴らしい。才能があるし、刺激は大きいです。

――働きがいをずっと感じながら情熱を持ち続けるヒントは?

戸田奈津子氏:
自然にそうなります。好きなことをやってるんですから。何にも抵抗はないですよね。

――好きなものを見つけたらどんなに時間がかかっても諦めずにそこにたどり着く?

戸田奈津子氏:
あの大谷くんを見てくださいよ、あの人がいやいや野球してると思う?あの人は一生野球を続けていきます。そういうものよ、本当に何か好きならば。

――好きなことはいつまででもやり続けることが普通にできるということですね。

戸田奈津子氏:
誰でもできると思います。そういうものを見つければね。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2023年10月15日放送より)