SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者は映画字幕翻訳者の戸田奈津子氏。「ミッション:インポッシブル」、「ハリー・ポッター」、「タイタニック」「ジュラシック・パーク」、「E.T.」など、これまでに手がけた洋画の字幕翻訳は1500本以上。87歳の現在も第一線で現役バリバリ。いくつになっても働きがいを持ち続けるためのヒントとは。映画字幕翻訳者として40年以上、多くのスターから厚い信頼を寄せられる戸田氏の2030年に向けた新たな視点、生き方のヒントを聞く。
【前編・後編の前編】
「好き」は誰もが持っている。敗戦後に見た洋画にカルチャーショック
賢者には「わたしのStyle2030」と題し、話していただくテーマをSDGs17の項目の中から選んでもらう。
――戸田奈津子氏が選んだのは?

映画字幕翻訳者 戸田奈津子氏:
8番の「働きがいも経済成長も」です。
――この実現に向けた提言をお願いします。

戸田奈津子氏:
好きなことを中心に人生を生きてくってことかな。
――「好き」という言葉が出てきました。
戸田奈津子氏:
みんな何か好きなことがあるはずでしょ。それは誰もが持っていて、そんなに難しいことじゃないですよね。自然にいつも感じていらっしゃると思うので。そういうものを基盤にして人生を設計していけば、好きってことは楽しいってことですから、楽しい人生になるんじゃないかなと思います。
――好きなことを仕事にするのは難しい。
戸田奈津子氏:
私は好きな映画が仕事になったから一致したんですけど、皆さんそうとは限りませんよね。仕事は仕事で、すぐそばに好きなことがあればいいと思います。
――多くの学生は「自分は何をやったらいいかわからない」と言うのですが。
戸田奈津子氏:
私も周りの若い子が「何していいかわかんない」と言うので、「好きなことをしなさい」って言うと、「好きなことがわかんない」って言う人がいるわけです。私はそれを聞くとカーッときちゃう。そんなはずないだろうって。
――「好きなことがわからない」という人には何と言うのですか。
戸田奈津子氏:
「あなたは自分を知らないからだ」って。何が好きかわからないってことはあり得ない。好きなことってつまり楽しいことでしょ。日常には何か楽しいことがあるでしょ。それがその人の好きなことだし、そこにその人の中心となる芽があるわけ。それを摘み取らないで自分でちゃんと育てれば、もっと豊かなものになっていくんじゃないかなと思います。
――戸田さんはどんな若者でしたか。
戸田奈津子氏:
ひたすら映画が好きでした。敗戦で日本がどん底にあって、小学校高学年のときに初めて洋画を見て、そのカルチャーショック。本当にまずしかったんですよ。食べるものもなくてお腹がペコペコになったときに、豊かな外国映画を見て、同じ地球上にあるとは思えませんでした。こんな素敵なところがあるんだ!こういうところをもっと知りたいということで映画にハマって以来、80何年続いているんです。それぐらい好きだった。
――小さい頃、見る映画がどれも戸田奈津子さんの字幕でした。
戸田奈津子氏:
そういう時期がありました。一部の人は戸田奈津子が何人もいると思っていたらしいです。もちろん私が全部やったわけで、助手なんかいないし、一言一句全部自分でやっていました。年間50本やってたんですから。
――年間50本ということは?
戸田奈津子氏:
週に1本。シナリオをもとに映画を見て字幕を作るという。
――1週間で1本ですか。
もちろん、もっと時間がほしいですよ。でも、会社が1週間しかくれないの。良くて10日です。
――映画は通しで何回ぐらい見るんですか。
戸田奈津子氏:
10日か1週間しかないから、3時間の映画を何回も見られないじゃないですか。1回です。シナリオがありますから、まず内容をチェックします。セリフを切っていく作業をしながら映画を見て、1回終わるでしょ、あとはもう時間がないから、二度目の試写なんかしません。一度見ているんだから、シナリオの字があれば、あの場面ってわかるじゃないですか。シナリオを見ながら、一つ一つあの場面のこのセリフだなって翻訳していくわけです。
――やっぱり戸田奈津子は5人ぐらいいたのでは?
戸田奈津子氏:
いいえ、私1人ですよ。みんなそれでやってるんだから。
――1週間に1作品を1年間通しているわけですよね。もう映画は見たくない、しばらく休みたいと思ったりしませんでしたか。
戸田奈津子氏:
とんでもない。まだまだ見たかった。好きだったんだもん。それが好きということ。