
こうして、宗像さんは、3年前町に戻り、語り部活動を続けています。Jヴィレッジでは、同世代の語り部、秋元菜々美さん(24)とともに、町のようすを伝えました。年が近いこともあってか、質問が次々と投げかけられます。

修学旅行生「震災があっても変わらなかったことは?」
秋元菜々美さん「私の家の近くに、サクラ並木があったんですけれど、震災後に訪れた際、ちょうど春の時期でサクラが咲いていた。人がいなくても毎年毎年咲くんですよ。家がなくなっても毎年毎年咲くし、そこの風景だけは本当に変わっていなくて。自分の住んでいた家がなくなったりとか、友達の家がなくなったりすると『これって自分の町だっけ?』ってあるとき考えたりするけれど、サクラだけは変わっていない。だからこれは自分の町だってわかる」
宗像さんたちをはじめ、精力的に活動している「語る会」ですが、代表の青木淑子さんは、今後に危機感も感じています。
青木代表「物理的にみんな歳はとっていくので、加齢に伴い出来なくなることもたくさんある。そういう意味では先行き不安という現実はある。若い人が少ないので」
語り部たちの多くは、普段、家庭や他の仕事を掛け持ちしながら活動しています。そのため、長く続けることは簡単なことではありません。こうした中で、宗像さんは、自分の活動を通じて、震災について語ることのハードルを下げたいと思っています。

宗像さん「あまり深く捉えないでほしい。語り人になることについて。学校の勉強と、語り人活動は同じだと思っていて、いきなりすごい難しい問題を出されてもやる気なんて起きない。やってみて楽しさとか、自分にプラスになることが一番大事だと思う」
11年以上が経ち、言葉の重みが増す一方で、語りを担うすそ野をどう広げていくか。宗像さんたち「語る会」の試行錯誤する日々が続きます。

「富岡町3.11を語る会」では、若い世代に、すそ野を広げていく取り組みとして、今年から小中学生を対象にしたワークショップなどを今年から始めています。また今後は、「伝承」という意味では「先輩」にあたるともいえる、広島や長崎の団体を訪問する予定もあるということです。