京都アニメーションの社員36人を殺害した罪などに問われている青葉真司被告(45)の裁判で、10月2日に証人尋問が行われ、京アニの社長が「被告の思い込みによって事件が起きて断腸の思いです」とのべました。裁判後に取材に応じた八田社長は次のように話しました。
(京都アニメーション八田社長)
「頭の痛いというか、事件が起きて4年経ってこういう公判になったので内心不安ではあるのですが、正々堂々の判決が出るものと信じています。4年経とうとも何も変わらないです。大事な仲間を亡くした、会社の宝を亡くした、その思いはみんな共通と思っています。(青葉被告の裁判での報道は)なるべく見ないようにしていました」
「(青葉被告が作品を盗まれたという主張には?)全くの思い込みだと思います。ご存知かも分からないが、モノづくり特にアニメーションはシナリオから作っていきますので、そのアイデアを盗むことは考えられない。シナリオは何人もの人が集まって打ち合わせをして、コンテに起こしていきますから、気まぐれにそんなことができる仕事ではないです。基本的な思い違いだと思います」
事件は電話で知る…駆け付けると『スタジオ前で遺体が運ばれる様子をただ見ているしかなかった』
裁判で八田社長はまず、1981年に京アニを設立した経緯や背景を説明しました。
当時のアニメ制作は東京が主流で、当初は「色付け」などの下請け業務が多かったものの、1991年ごろに東京でも「天才クリエイター」として知られていた木上益治さん(61)が入社するなど徐々に社員が増えていき、1999年ごろに初めてオリジナル作品「ムント」を制作したと話しました。
生え抜きのクリエイターらも、木上さんの背中を見て育ったということです。八田社長は検察から、「会社にとって『人』はどんな存在か」と尋ねられると、「人は宝です」と言葉を詰まらせながら振り返りました。
事件は電話で知ったといい、すぐに第1スタジオに駆けつけたものの、スタジオ前で1人ずつ遺体が運ばれる様子をただ見ているしかなかったとし、「誰か元気な人が出てこないのかと思っていた」と当時の心境を語りました。
また、事件で社員の2割が犠牲になったうえ、ひと月に2本作っていた作品は「1本作るのが精一杯になった」とし「売り上げも半分以下になったが、みんな涙をこらえて作り続けた」と明かしました。
そして青葉被告への思いを尋ねられると、「人さまのアイデアを盗む会社ではありません。被告の思い込みによって事件が起きて断腸の思いです。ちゃんとした判決が出ることをひたすら信じています」などと訴えました。














