アキレス腱に痛みが出ても焦らない
桐生は慢性的にアキレス腱の痛みを抱えている。21年開催になった東京五輪から22年シーズンは、かなり走りに影響したようだ。それが今、復調過程に手応えを感じられている。それは昨夏に拠点を京都に移して後のトレーニング自体に、手応えを感じているからでもある。
「足(アキレス腱痛)はもう1~2年、不安を抱えながらずっと付き合っています。そうするしかないですから、焦らずに練習をするようになりましたね。以前だったら走りたくていっぱい練習したかもしれないですけど、ちょっとアキレス腱がよくなければ、練習を変えてみる。臨機応変に、コーチと相談してできるようになったのかなと思います」
練習拠点を高校時代を過ごした京都に移したのは、自分1人で練習する日を設定することも目的の1つだった。専任コーチも小島茂之氏に変更し、小島氏が練習を直接見られない日も、コミュニケーションをしっかりとって、自身のやりたいメニューをより有効にする。
走りを撮影した動画に頼らず、自身の感覚を尊重し、感覚としっかり向き合う。練習場所も、坂や山など自然環境を多く活用する。5月に10秒03と自己記録の9秒98に0.05秒差と迫り、そのスタイルに自信を深めた。
10秒03はアジア大会参加選手中、シーズンベストでは一番のタイム。前アジア記録(9秒91)保持者F.オグノデ(32、カタール)は、今季は10秒13(+1.6)がシーズンベストでアジア選手権でも4位と敗れた。弟のT.オグノデ(29、カタール)も10秒31(+1.8)がシーズンベストで、銀メダルをとった前回(18年)ほど、スピードが上がっていない。桐生自身が想定する走りができれば、金メダルも見えてくるだろう。
桐生流の日本代表の意識の仕方
桐生が日本代表としてレースを走るのは、4×100mリレーでは21年の東京五輪、個人種目は19年の世界陸上ドーハ大会以来となる。だが桐生は、必要以上に代表という部分を意識しない。これは9月上旬の取材であるが、次のように話していた。
「(代表として国を)背負っているな、とはあまり思わないですよ。国民が見ているという意識は、レース前にはプラスには働きません。結果を出すためには、自分自身がやらないといけないことに集中しないといけませんから。日本を背負っていると一番思うのは、順位を取って、リレーでも個人でもそうですけど、日の丸が揚がった時です。日本代表として走っているんだな、と一番感じます」
高校3年だった13年の世界陸上モスクワ大会から、数多の国際試合を経験してきた桐生。大舞台に臨む際のメンタルのコントロールの仕方を、幾度も学んできた。ただ、桐生が言及したのは大会期間に入ってからのこと。全日本実業団陸上ではアジア大会に向けて、自身の気持ちを盛り上げている様子だった。
「来週はもうアジア大会です。しっかり疲れを取って、その中でも(負荷の大きい)スピード練習を1回はやって臨みます。先週よりは今日の方が良いし、今日より絶対来週の方が良くなる。そこは自信を持って走りたいと思います」
アジア大会前最後の実戦で、代表復帰戦への気持ちを強くしていた。トレーニング面も精神的な面も、ベテランの域に入ってきた桐生がアジア大会で再起する。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)