歴史の陰に多くのネコたちが…

市の資料館から車でおよそ10分、水俣病センター相思社(そうししゃ)です。
水俣病センター相思社 木下裕章さん「これは昔 漁師が使っていた漁具とか当時使われていた船とか。患者の方や漁師さんと古くから付き合いがあるので
そういう方たちからいただいた資料です」
福居万里子アナウンサー「ビブスっていうんですか、インパクト強いですね」

1974年に患者の支援を目的に作られた相思社には、座り込みの際に使ったビブスや旗など患者や家族の個人的な持ち物も集まります。
しかし、中には百間排水口の樋門のように年月を経て変化してしまうものも。
当時のメチル水銀を含んだ水俣湾のヘドロが保存されています。収蔵された当初は茶色でしたが、その後、藻が発生して現在は緑色になっています。

『失われたものは二度と戻らない』そこで、今ある資料の修復・保存にも着手しました。
木下さん「これはネコの実験の小屋。ここでネコが飼われていてこの中で動物実験が…」

水俣病の実態が分かっていなかったころその原因を突き止めようと、チッソの工場廃液をエサに混ぜてネコに摂取させる実験が行われました。
ネコは77日後に発症。
人々が苦しんでいる原因は工場廃水だと裏付けられました。その実験が行われていたのが、この小屋です。

「全部で800匹以上が実験に使われた。もちろん人間の被害はすごく大きいけれど
動物たちの被害も大きいですよね」
「ネコ小屋そのものを見ると説得力やリアリティをもって感じられる」
しかし数十年が経って、小屋は老朽化…
木下さん「これから長期的に保存すると考えたときに修復作業を行いました」
錆だけでなく、数十年分の埃も落としました。

これからも長く展示できるよう、表面には油を塗りました。水俣病公式確認から67年。その歴史を語る資料の数々もいま、転機を迎えています。
木下さん「ネコの小屋だけでなく他の資料も修復しなければ、いつか朽ちていくものもある。残せる状態にすることが責任である」















