水俣病原点と呼ばれる百間排水口(ひゃっけん はいすいこう)。水俣の歴史を語る資料として撤去から一転、保存の方向で検討されています。では、その存在はどのくらい知られていたのでしょうか?

「百間排水口」の認知度はどれほどなのか?街で聞いてみました。

「知らない」「知らないです」
「ヒャッカンハイスイコウ?」
「私は初めて聞きました」
「水俣のアレでしょ?」

30人に聞いて「知っている」と答えたのは3人。

水俣病は、原因企業チッソがメチル水銀を含む有毒な工業排水を海へ流し、汚染された魚を食べたことで鳥やネコ、そしてヒトへと広がりました。

その排水された場所にあたるのが「百間排水口(ひゃっけんはいすいこう)」。『水俣病の原点』と言われる所以です。

その口を塞ぐ「樋門(ひもん)」が老朽化を理由に撤去されることになりましたが、それを知った患者団体などが反発。

自身も初めて視察に訪れたという蒲島知事は。

「水俣病の歴史と教訓を後世に伝えるという意味で重要な遺産ではないかなと思います」

樋門は県が管理することになり、保存の方向で検討されています。

水俣病の歴史と教訓を語る資料

水俣市の資料館には写真や映像だけでなく、公式確認となった書類、患者が服用した薬の袋などが展示されていますが、これから新たな資料が増えることは、あまり期待できないといいます。

水俣市立水俣病資料館 村﨑昌一 副館長「水俣病が発生してからかなりの年月が経っている。資料の寄贈をお願いしているけれど数的にはやはり少ない」

新たに収集することが難しい今、すでにある資料の維持・管理が重要になっています。