日本の男子4×400mリレーにも歴史的な瞬間が訪れようとしている。4×100 mリレーでは五輪、世界陸上とも何度もメダルを獲得しているが、4×400mリレーでは一度もメダルがない。五輪は1932年ロサンゼルス大会が5位、96年アトランタ大会も5位、2004年アテネ大会が4位と3度入賞した。世界陸上でも03年パリ大会7位、そして昨年のオレゴン大会4位が入賞した大会だ。

しかし機は熟した。
ブダペストでは男子400mに出場した佐藤拳太郎(28、富士通)、佐藤風雅(27、ミズノ)、中島佑気ジョセフ(21、東洋大4年)の3人が準決勝まで進出。佐藤拳が予選で44秒77の日本新を出すなど、佐藤風と2人で予選、準決勝と44秒台をマークした。昨年のオレゴン大会4位よりも上の成績を期待できる状況になった。

ついに巡ってきたメダルの可能性

メダル獲得最大の好機が巡ってきた。昨年の世界陸上オレゴンは佐藤風(当時那須環境)、川端魁人(中京大クラブ)、ウォルシュ・ジュリアン(富士通)、中島のメンバーで4位。2分59秒51のアジア新記録で、銅メダルに0.79秒と迫った。
今年はシーズン前半の国内の試合から45秒台前半が佐藤拳、中島、佐藤風たちに続出。7月のアジア選手権では佐藤拳が45秒00の日本歴代2位で優勝。そしてブダペストでは佐藤拳が予選で44秒77の日本新、佐藤風が44秒97の日本歴代3位をマーク。日本記録保持者だった高野進が44秒台を出して以降、32年間出ていなかった44秒台ランナーが2人も誕生した。

準決勝でも佐藤拳が44秒99、佐藤風が44秒88の自己新(歴代3位)、中島も45秒04の日本歴代5位と好記録が続いた。ダブル佐藤は日本人選手初の2レース連続44秒台という快挙だった。

400m準決勝後の取材で400mブロック最年長の佐藤拳は、次のように意気込んだ。

「400mで3人がこの成績を出して、これでよりいっそう、4×400mリレーは結果を出さなくてはいけない、という位置に来たと思っています。昨年の4位以上の結果が求められる。銅メダル以上の成績は必ず出さなくてはいけない」

佐藤拳らしい冷静な口調だったが、選手たちの気持ちも盛り上がっていることを感じさせるコメントだった。

最年長選手、佐藤拳の4×400mリレーへの思い

佐藤拳は今シーズン終了時には29歳になる。高校時代は全国タイトルには届かなかったが、城西大時代に日本トップレベルに成長。だが、そこからの道のりは険しかった。

個人での代表歴は今回が初めてだが、4×400mリレーでは城西大3年時の15年世界陸上北京大会から代表入り。だが15年世界陸上、16年リオ五輪と2年連続して補欠のポジションに甘んじた。「学生時代は調子を長い期間、保っていられなかったのが主な原因でした。(ピークを合わせた日本選手権などで)タイムは出せても弱い選手だったな、と今は思います」

17年世界陸上ロンドンは1走、19年世界陸上ドーハは3走、21年東京五輪も3走を担ったが、すべて予選落ちだった。22年は日本選手権で予選落ちをしてしまい、世界陸上オレゴン代表入りできなかった。30歳に近づいていたこともあり「心が折れかけた」という。

しかしオレゴンで4×400mリレーが4位に入るのを見て、心が奮い立った。「一緒に練習してきたメンバーが世界の舞台で4位。次は彼らと一緒にメダルを取りたい、と強く思いました」

悩まされたアキレス腱痛への対策として、「後脛骨筋(足関節の内側、くるぶしの後方から下方を通っている筋)からのアプローチ」が有効だとわかったことで、大きな故障なく冬期練習を積むことを可能にした。

19年の世界陸上ドーハ、21年の東京五輪と4×400mリレーチーム最年長の立場でチームを引っ張ってきた。

「特にチームを引っ張るぞ、という気持ちはなかったのですが、(それまでの日本のエースだった)金丸祐三さんが引退される時に、短い言葉でしたが『あとは任せたぞ』と声をかけていただきました。それまでは代表になりたい、という思いでしたが、私の中で絶対に代表にならなくてはいけない、と気持ちが強くなりましたね」

補欠の立場も2年連続で経験した。だからこそ、後輩選手たちへの配慮も普通にできる。

「冬の合宿にも参加させていただきました。その中から4×400mリレーを引っ張る人間を出さないといけない、と思っていましたので、今までの人たちはこういうことを考えていた、伝えてくれたと、今度は私が後輩たちに話すようにしました。後輩の子たちは年上に話しかけるのが難しい部分もあると思うので、上の人間がしっかり下に声をかけてあげる。それでチームワークを作っていこうと、ここ数年はやってきています。しっかり締めるところは締める、でも話す時はしっかり話す、という今の4×400mリレーチームができている」

400mの準決勝が終わった段階でも「誰が(自分が)走るかわかりませんが」と話した佐藤拳だが、チームのためには精一杯の行動をする。