東北勢対決となった19日の甲子園準々決勝。岩手代表・花巻東は去年の王者・仙台育英(宮城)に4―9で敗れた。しかし最終回の粘りは見るものの心を震わせたー

0―9で迎えた9回裏、花巻東は4番からの攻撃を怒涛の攻めでつなぎにつなぎ、打者一巡。アルプスの応援も、ベンチも、プレーする選手も、佐々木洋監督も、みんな、泣いていた。

佐々木麟太郎選手の帽子のつばの裏には「逆襲」の文字


この夏テーマに掲げた「逆襲」を体現し、4点を返してなおも2アウト1、2塁。打席には高校通算本塁打数140本の3番・佐々木麟太郎。しかし、仙台育英の好守備でヘッドスライディングも及ばずセカンドゴロ。土と涙にまみれ、彼らの夏が終わった。

最後のバッターとなった佐々木麟太郎。大会注目スラッガーの成績を振り返る。

<1回戦>宇部鴻城戦
1.左安 2.左安 3.敬遠 4.三安
<2回戦>クラーク国際戦
1.空三振 2.遊ゴロ 3.二ゴロ 4.遊ゴロ
<3回戦>智弁学園戦
1.左安 2.中安 3.空三振 4.中安 5.見三振
<準々決勝>仙台育英戦
1.投ゴロ 2.空三振 3.四球 4.見三振 5.二ゴロ

特筆すべきはフライアウトが「0」だったということだ。
ホームランバッターであればボールの下にバットを入れて飛距離を出す。麟太郎もどちらかというとそのタイプの選手なはずだ。
しかし今大会のヒットはライナー性。凡打は全てゴロ(強烈なゴロもあった)。外野フライはおろか内野フライすらなかった。

麟太郎の大切にしている言葉として「貢献こそ活躍」がある。つまりチームが勝ってこそなのだ。今大会は「岩手から日本一」を本気で目指した戦い。父親である監督を日本一の監督にしたいという思いが息子ながらにあったのではないだろうか。

そこで普段よりミートポイントをボール一つか2つ分後ろに下げ、ボールの真ん中かその上を叩き、速くて強いゴロを意識していたように見えた。
ゴロの場合、最悪進塁打にもなる。
クラーク国際戦はそのゴロが進塁打となり、貴重な1点につながった。
ここぞの場面ではホームランや長打より単打、四球、そして出塁なのだ。

麟太郎の打席だけアルプスから大谷翔平が日ハム時代に使用していた応援歌が流れてくる。そこで、WBCのメキシコ戦を思い出した。
同校の先輩・大谷翔平は4―5で1点ビハインドの9回、先頭バッターだった。誰もが大谷の一発で同点と考える場面であったが、本人は「出塁してきます」とベンチで話し、結果2塁打を打った。優先すべきはホームランよりチームの勝利なのだ。
状況が刻一刻と変化する試合の流れの中でどの選択が一番勝利への確率が高いかを見極める「野球観」。あの時大谷は、自分にはホームランボールはまず来ない。そこでとにかく出塁することが勝ちにつながると読んだ。

麟太郎にとってみれば負ければ終わりの戦い。全ての打席が、大谷のあの打席のようなもの。ホームランを狙うという選択肢はなかったのかもしれない。個人の欲は捨て、それを徹底して実行した麟太郎は見事だった。

振り返れば岩手県予選の試合後のインタビューでも、麟太郎は「ホームランは狙っていない。チームの勝利のために命を懸ける」と語っていた。
まさに今大会はそれを全うした形になった。
長距離砲でありながら徹底したチームバッティングを選択する。大谷も持っている花巻東イズムの「野球観」を麟太郎も継承しているのかもしれない。

麟太郎のアーチは今回見ることができなかったが、次のステージが楽しみになった。
チームはベスト8という素晴らしい結果を残してくれた。
岩手県、いや全国のファンにたくさんの感動を、ありがとう。