世界陸上ブダペスト(8月19~27日)では、いくつもの“日本人初”の快挙が実現しそうである。そのうちの1つが男子110mハードルの決勝進出だ。期待は13秒04の日本記録を持つ泉谷駿介(23、住友電工)と、13秒10の日本歴代2位を持つ髙山峻野(28、ゼンリン)で、泉谷にはメダルの可能性もある。

泉谷の、単日開催では世界最高レベル競技会であるダイヤモンドリーグ(以下DL)での活躍や、世界レベルに到達するまでの成長過程を紹介しながら、ブダペストでどんな戦いが想定できるかを紹介する。

ダイヤモンドリーグの活躍でメダル候補に

世界陸上のメダル獲得は簡単なことではない。だが、その可能性が何割かはある。そう思わせる活躍を泉谷が、今季のDLで見せている。

6月27日のオストラヴァは、DLより下のコンチネンタルツアー・カテゴリーだが、13秒37(+0.5)で4位。不本意な結果に終わった。ハードルに何台も脚を当てていたが強く当ててしまって、着地したときに体勢が崩れ、インターバルの走りにスムーズに移行できなかった。

だが3日後のDLローザンヌ大会は13秒22(-1.0)で優勝。2010年に発足したDLにおいて、日本人男子で優勝した最初の選手となった。

「オストラヴァは体が締まっていなかったことも一因でした。そこを補強して直して、気持ちよくローザンヌに入れたので、ハードルに当てても上手く対応できたのだと思います」

そして7月23日のDLロンドン大会は13秒06(+1.3)で2位。ローザンヌでは米国勢などメダリスト級の選手が少なかったが、ロンドンは豪華メンバーだった。世界陸上2連勝中のG.ホロウェイ(米国)にこそ敗れたが、その差はわずか0.05秒。東京五輪金メダルのH.パーチメント(ジャマイカ)や、今年の全米選手権優勝のD.ロバーツ(アメリカ)を抑えての2位は、世界陸上のメダル候補と言っていい実績だ。

「ローザンヌもそこまで調子が良いとは言えなかったんですが、そこでしっかり勝負に勝てたことは良かったです。ロンドンでは、調子自体は上がってきていて、直前に出場が決まったのですが、逆にいい調整ができたと思います。そこで結果を残せたのはすごく大きかった」

海外での13秒0台も初めてだった。今季の泉谷なら、世界陸上の準決勝で13秒0~1台は間違いなく出すだろう。

高校では混成競技で日本一 大学では跳躍ブロックで練習

後編で詳しく紹介するが日本のハードル勢は、男子は400mハードルの方が世界的に活躍してきた。それが近年では逆転し、スプリントハードルと言われる110mハードルの方が世界レベルになっている。そのトップを走るのが泉谷だが、高校時代はハードルがメイン種目ではなかった。高校生の全国大会であるインターハイは、3年時(17年)に八種競技で優勝し、三段跳では3位。秋の国体ではハードルの高さが少し低い110mジュニアハードルで3位だった。

順大に進学後は跳躍ブロックで練習を行った。ハードル用の練習も行ったが、跳躍練習に時間を割いた。高校で混成競技の日本一になり、大学で跳躍ブロックだったことが、今の泉谷の基礎になっている。ハードルに対して遠い位置から踏み切ることができるのは、間違いなく跳躍力が生きている。レース後半で疲れた状態でも体の軸がぶれないのは、混成競技出身選手の強みだ。

順大では1年時、秋の日本インカレ110mハードルで早くも優勝。2年時(19年)の日本選手権は髙山に敗れて2位だったが、記録は髙山と同タイムで13秒36(-0.6)の日本タイ記録だった。だが、当時は故障も多く、その年の世界陸上ドーハ代表に選ばれたが、直前の日本インカレで故障をしたため欠場した。

大学3年(20年)時はシーズンベストが13秒45と、初めて自己記録を更新できなかった。新型コロナの感染拡大で試合数が少なくなったことも一因だが、スタートから1台目までの歩数を7歩と、1歩少なくしたことがハードリングと噛み合わなかった。

4年時は1台目までの7歩を完全に習得し、日本選手権で13秒06(+1.2)の日本新をマーク。21年の世界5位という世界トップレベルの記録だったが、東京五輪は準決勝3組3位で通過できなかった。1台目を激しく倒し、2台目も倒すなどリズムが明らかに崩れた。

昨年の世界陸上オレゴンも準決勝2組5位で通過できなかった。8台目でハードルに当ててしまったこともあり、前半の先頭争いから後半で大きく後退した。決勝に残っていい自己記録は持っていても、大舞台で力を発揮できないことが課題だった。