複数種目への挑戦自体に効果

1種目目の1500mには田中とともに東京五輪代表だった卜部蘭(26・積水化学)もいるが、客観的に見れば3位以内は確実だ。3連連覇の確率も7割以上あるように思える。
2種目目の800mでは、世界陸上オレゴンの参加標準記録(1分59秒50)は日本記録以上。田中陣営も今の力では難しいと判断し、世界ランキングでの出場を狙っている。世界陸連ホームページで現在の順位がわかるが、6月8日時点で田中は55位につけている。ポイント獲得の詳細なルール説明は省くが、出場資格を得られる48人に入るには、日本選手権の予選ではタイムを出すこと、決勝では順位(上位)を取ることが重要だ。この種目では前回優勝の卜部が本命で、今季の調子はいまひとつだが、川田朱夏(22・ニコニコのり)と塩見綾乃(22・岩谷産業)は400 mのスピードが田中よりもある。
5月の静岡国際では田中が川田、塩見を抑えて優勝した。この種目でも3位以内は固いと思われるが、ライバルたちの状態次第で4位以下に落ちる可能性もないとは言い切れない。
それ以上に難関なのが5000mだ。廣中璃梨佳(21・JP日本郵政G)と萩谷楓(21・エディオン)の東京五輪代表2人が、世界陸上の代表も狙って参戦する。5月の日本選手権10000mでは廣中が優勝して代表を決め、萩谷も初10000mながら2位と健闘した。そのとき3位で代表に内定した五島莉乃(24・資生堂)と、19年世界陸上ドーハ大会代表だった木村友香(27・資生堂)も参戦する。

田中、廣中、萩谷、木村、佐藤早也伽(28・積水化学)の5人が標準記録突破済みで、先行型の廣中や五島がハイペースで引っ張るのは間違いない。800 m決勝の70分後という“難しい”インターバルで臨む田中は、ハンデ戦を戦うようなものだ。客観的に見れば、先頭についていくことは難しいことなのだ。
しかし田中は、御嶽で気持ちを固めている。「1500m後の体調次第」と逃げ道を用意しているが、精神的な安定のために必要なことなのだろう。本当に逃げているわけではない。
田中コーチが次のように話していた。
「東京五輪も5000mと2種目で挑戦したから1500mで入賞できました。今回の日本選手権も守りに入って800 mをやめたら、5000mもダメになるかもしれません。世界陸上が1500m1種目になる覚悟もしておきなさい、とは言っています。でもオレゴンが1500mだけになったら、去年のようなミラクルは起こせないよ、とも言っています」
田中はコーチが父親だから弱音も吐くし、それと似た内容を会見でも口にする。本当に難しいことをやろうとしているのは事実で、逃げ道として弱気な部分も出すが、本当に逃げているわけではない。
世界陸上のタイムテーブル的に800 mと5000mの両種目出場は不可能で、3種目代表を取っても2種目に絞ることになる。だが「800 mと1500mという選択肢も考えられる結果を、日本選手権で出したい」と、田中本人が会見でも明言している。誰もやったことのないチャレンジが始まろうとしている。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)