1年前の8月6日(広島・原爆の日「ピースナイター」)、後半戦に入り、7連敗を喫している中、広島にとって特別な日にサヨナラの一打を放ったのは、秋山翔吾 でした。

去年8月6日

広島カープ 秋山翔吾 選手
「チームに合流してからそんなに間もなかったので、8月6日だけが特別な感じ
っていうふうにも感じていなかったんですけど、やはり広島の方にとってはすごく大きな日で、いろんな思いのこもった日だったっていうのは、後から振り返って、
そういう日だったなっていうのを感じましたね」

去年8月6日

3点ビハインドから打者5人でつないだ逆転劇―。チーム、そしてファンの思いを乗せたスイングでした。さよならを決めた秋山は、カープ移籍からおよそ1か月、マツダスタジアムで初のヒーローインタビューに臨みました。

秋山翔吾 選手
― ヒーローインタビューで秋山さんは「外から来た人間ですが…」っていう言葉を使われましたが、当時、解説者だった新井監督が、「いやいや、もう広島カープに来た瞬間から同じ広島の家族なんです」という話をされた。それは、ご存じ?
「はい。あとから…」

秋山翔吾 選手(去年8月6日のヒーローインタビュー)
「広島のみなさんにとっては、もう大切な日というか、忘れられない日だと思いますし、ぼくも “外から来た人間” ですけど、やはり、こういう野球ができていること、そして応援してもらえることをこれからも心に秘めて、みなさんとともにこの日を忘れずにやっていきたいなと思います」

広島カープ 新井貴浩 監督(当時、野球解説者)
「いいヒーローインタビューでしたね。その中で秋山選手が、“外から来た人間” ですけどっていうふうに言われたんですけれども、カープというチームは、外も中もないんですよね。カープのユニホームを着た瞬間、家族の一員ですから、そう思って、これからどんどん暴れていってもらいたいですね」

お立ち台で口にした、“外から来た人間” という言葉―。ここには秋山なりのカープ移籍の意義や強い意志が隠れていました。

秋山翔吾 選手
「生え抜きでずっとやってきた選手もいる中でっていう中で、それに埋もれてもいけないのかなとは思っていました。違ったチームでやってきたことをぼくとしては、必要であれば伝えることだったりとか、やってきたものを出したりとか、そういうこともあっていいのかなと思っていたので。そういう意味で、ちょっと端的に言った言葉が、なんかそういう “外から来た” っていう言葉にぼくの表現がちょっとあんまりよくなかったなっていうのは、ちょっと反省しましたけど」

「でも、そういう “違った目線” を持っている人間なんですっていう、なんですっていうか、そういうのも経験してきたんですっていうのが、あの場でちょっと言えたらなあって思いながらヒーローインタビューに立っていたんですけど。でも、それで新井さんが受けて言葉にしてくださったということは耳にしたので、すごくありがたかったですね」