戦後78年、終戦間際の長野市の軍事状況を語る会が開かれ、90歳の男性が当時の様子を証言しました。

長野市篠ノ井の光林寺(こうりんじ)で開かれた集会には50人が集まり、戦時中の軍事状況を研究してきた住民グループが報告しました。


グループによりますと、長野市共和(きょうわ)地区の山では、1945年の終戦間際に、旧日本陸軍の工兵隊が地下壕を掘っていたとされ、当時、小学6年生だった90歳の男性が目撃した状況を語りました。


瀧澤孝正さん:                                                 「水戸の工兵隊が300人ぐらい学校に来ていた。シャベルを持っていた」

さらに、海軍の通信機と思われる機械もあったといいます。

瀧澤孝正さん:                                                    「高さ1mちょっとの真四角な通信機じゃないかということで数個あった」

住民グループでは、共和地区は、大本営の設置が進められた松代地区、海軍の地下壕が掘られたとされる安茂里地区のように、重要な軍事拠点として、本土決戦に向けた準備が進められていたとみています。

集会はおよそ2時間にわたって行われ、参加者は貴重な証言に耳を傾けていました。


参加者:                                                     「具体的な話を聞いて興味を持てた」                                  「悲惨なものだと思った戦争は絶対に起こしてはいけない」

グループは今後も活動を続けて事実を追究し、後世に伝えていきたいとしています。