秦が振り返る6回の試技内容の詳細
――1回目は6m36(+0.6)と今ひとつでしたが、踏切板に合わなかったのですか。
秦:
ピッタリ合ったわけではありませんが、大きく届かなかったわけではなかったと思います。試運転というか、慣らし跳躍というか、競技開始前の足合わせの延長みたいな跳躍になってしまいました。
――シャイリ・シン(19、インド)選手が6m54(+1.8)でトップに立ちましたが?
秦:
ゴールデングランプリ(3位=6m65・+2.1。自己記録6m76)にも来ていた選手で、そのくらいは跳んでくると予想していました。特に気にしないで2本目に臨めたと思います。
――2本目のファウルは何cmくらいでしたか。
秦:
しっかりファウルしました(笑)たぶん5cmから10㎝くらい。しかし今回は何cmのファウルだったから、助走のスタートを何cm下げよう、とは考えませんでした。坂井(裕司)コーチとも、試合中にそういう会話はしませんでしたね。今回は跳躍1本1本をはっきり覚えていない部分もあるので、忘れているだけかもしれませんが(笑)
――普通はやることだと思いますが、しなかったということは2本目の助走がどうだった、ということですか。
秦:
2本目の跳躍も思った通りの動きができたので非常に良い跳躍でした。1本目と比べて追い風が強かったので、踏み切り前で捌ききれなかったんです。アジア選手権は踏み切り4歩前の第2マークを、踏切板から8m20㎝の距離に置いていましたが、そこを気にしながら試技を進めていました。第2マークを何cm越えていた、何cm手前だったというのを聞きながら助走のスタート位置を調整していました。そこと最後の踏み切りまでの駆け込みをしっかりすることを意識してやりました。
――3本目は6m52(+1.0)でシン選手に2cmまで迫りました。2本目からどこを修正したのですか。
秦:
2本目は第2マークを少し越えていたのでそこを修正しようとしたのですが、3本目は本当におかしな試技になってしまって…。第2マークを1mくらい手前で踏んで、踏切板にも届きませんでした。理由がよくわからないのですが、助走が乱れたから1mも手前を踏んで。だから潰れた踏み切りになって、前にも(勢いよく)抜けていかないし、上にも浮かない跳躍になったと思います。
――4本目には6m74(+1.7)と自己記録に1cmと迫ったので、3本目は問題なかったわけですね。
秦:
3本目の理由はよくわからなかったのですが、あまりにもイレギュラーすぎたので気にしないで行こう、とコーチとも確認して、4本目も同じように行きました。風が1.7mと強くなって、回っている吹き方でした。助走のスタート位置の調整は基本的に任されているので、その瞬間の風を見ながら調整しますが、自分の中で調整しながら助走をしたら第2マークも踏切板も両方ピッタリ合ったので、跳んだ感は出ましたね。だけどラスト4歩の重心が浮いて軽さが出てしまったような感覚が出て、そこが惜しかったなと思いました。
――5本目の6m59(±0)は最後4歩の浮いた感じを修正した?
秦:
最後4歩の浮いた感覚は5本目にはなかったのですが、風速表示には出ていませんが、最後で少し向かい風を感じて、駆け込みきれていなかったのが1つ原因でした。それと踏み切りが潰れたわけじゃないですけど、良いスポットに入らなかったということもありました。風がフワッと向かったことと、ちょっとしたタイミングのズレで、良い踏み切りができなかった感じです。
――6本目の6m97(+0.5)はどう振り返ることができますか。
秦:
1歩目から感覚が良くて、しっかり(重心に)乗って行くことができました。中盤の加速の部分も、記録を出そうと思うと走りすぎてしまうことが多いのですが、今回のオールウェザーでは逆効果だと感じていたので、しっかり力を抜いて走りました。ゆったりとまでは言えませんが、大きく走ることを意識するだけで脚がどんどん前に進んでくれました。静岡の6m75の時は速度もそんなに感じなかったし、 浮いた感覚がなかったのですが、アジア選手権は滞空時間も違いました。滞空時間が長いから空中フォームがすごく安定するところがありました。
――全部がハマった跳躍だったと言えますか。
秦:
そうですね。6本目はほぼほぼ完璧と言ってもいいんじゃないか、と思います。助走から踏み切り、空中フォームと今できることは全て、やれた結果の6m97でした。
「6m70、80台を安定して出すことが世界で戦うことに」
――1年前の世界陸上オレゴン大会(予選B組11位=6m39・+0.4)の結果を今、どう振り返ることができますか。
秦:
去年は憧れていた世界陸上に初めて出場して、周りもいつも一方的に見てる人ばかりで、すごく緊張してしまいました。すごい人たちの中にポンと入って、自分だけ取り残された気分になっていた感じです。今年は顔馴染みの人が少しできていて、そこはかなり大きな違いだと思っています。去年の自分と比較したらアドバンテージというか。いろんなものが去年よりも揃っています。
――直前のトレーニングも違ったものになりそうですか。
秦:
去年は決勝に行きたい気持ちが強くて、練習をやり過ぎてアキレス腱を傷めてしまいました。満足に練習ができたかと言われると、あまりできなかった。今年はケガをしないで、やりたい練習をしっかりできるようにコンディションを整えてやっていきます。
――アジア選手権を日本記録で勝てたことが自信になるのでは?
秦:
アジア選手権で日本記録を出せたことは嬉しいのですが、アジア選手権は通過点にすぎないと考えていたので、あまりすごい舞台で出せたという感覚がありません。オールウェザーに上手く対応できて、風なども悪いコンディションではなく、その状況で全てがハマって出せた記録です。同じ女子フィールド種目ということで、北口榛花(25、JAL)さんの日本記録(女子やり投67m04)と並べて紹介されたりしていますが、ダイヤモンドリーグでの日本新は本当に別次元だと思っています。
――世界陸上ブダペストの目標は?
秦:
今年は予選を確実に突破して、決勝でしっかり戦うことを一番の目標にしています。今回、決勝で戦うことができる6m90台をとりあえず1本跳べただけなので、これで世界と戦えるかというと、そうではないと思うんです。まずは6m70、80台をどんな試合、どんな条件でも安定して出すことが、世界で戦うことにつながります。ただ今回のアジア選手権も、シン選手たち自己ベストが近い選手たちと競り合う展開の中で、自分の跳躍に専念することができました。その成功体験を持って世界陸上に臨めるのは、ワールドランキングで滑り込んで出場できた昨年とは違う自信を持っていけるのかな、と思います。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)