タイで歴史的なジャンプが実現した。7月14日のアジア選手権女子走幅跳の6回目、秦澄美鈴(27、シバタ工業)の跳躍はグンと伸びて7m近くに着地。記録は6m97(+0.5)。06年に池田久美子がマークした6m86を、11㎝も更新する日本記録が誕生した。8月の世界陸上ブダペスト参加標準記録の6m85も突破し、世界陸連の定めた世界陸上出場資格を得た。すでに日本選手権3位以内(優勝)で、日本陸連設定の選考基準もクリアしている。8月2日以降に正式に代表に選出される。帰国後の秦に日本新記録の跳躍を含め、6回の試技内容を細かく質問した。また、予選止まりだった昨年の世界陸上オレゴンの反省や、ブダペストの戦いについても言及してもらった。

6m75から6m97 自己記録を22㎝も更新

――念願の日本記録保持者になった感想は?
秦:
昨年からは「いつでも跳べる」と思ってやってきましたが、いざ跳んでみると、嬉しいのか、信じられないのか、自分でもよくわからないような気持ちです。

――日本記録の跳躍の感触は?
秦:
今までも「前に抜けた」とか「上に浮いた」とか、どちらかを感じた跳躍は何回もあったのですが、今回は「両方とも行けた」と感じましたね。いつもは浮いたと感じても、ポトッと落ちてしまうような跳躍でしたが、アジア選手権は「まだ落ちないな」 と感じていました。今年の兵庫リレーカーニバルの1本目に似たような感覚の跳躍があり(12cmほどファウル)、踏み切った瞬間に距離が出ることはわかったんですけど、まさか6m97も行っているとは思わなかったので、結果が出た時はすごくびっくりしました。

――2月のアジア室内選手権に優勝した後は、大幅に自己記録を伸ばす手応えがあると話していましたが、22㎝の自己記録更新はご自身でも意外ですか。
秦:

2月の時点では自己記録が6m67でした。20㎝の更新なら6m87なのであり得る範囲でした。それが静岡国際(5月3日)で6m75を出したので、そこから20㎝の更新となると6m90台後半になります。そこはまだまだ先だな、と思っていました。ボーンと自己記録が伸びるタイプだと自分でも言っていましたが、ここまで行くか、と思いましたね。

――日本記録を跳んだ日の夜は、いつもと同じように眠れましたか。
秦:

試合が夜で、ホテルに戻って寝たのが2時半か3時でした。これまでも夕方以降に試合をしたときはアドレナリンが出て眠れないことはあったのですが、今回は翌朝が5時起きだったこともありますが、寝たくなかった感じです。連絡もたくさんいただいて、それを読んだりして過ごして。それでも少しは眠ることができて、目覚めはいつもと変わらなかったですね。

暑さと初めてのオールウェザーにどう対応したのか

――2月にタイに遠征された経験が役立ちましたか。
秦:

ゴールデンフライという、バンコクの王宮前の特設ピットで行われた街中ジャンプイベントのような試合に2月に出て、6m47で2位でした。例年レベルの高い選手 が参加していて、今年も7m03を今季跳んでいるA・デ・ソウサ選手(23、サントメ・プリンシペ)や、昨年の世界陸上オレゴン4位のQ・バークス選手(28、米国)らが出場する予定でした。海外の試合に積極的に参加したい気持ちもあって出場したんです。アジア選手権の下見にはなりませんでしたが、お腹を壊しやすい国だから気をつけないといけないな、とか、2月でこれだったら7月の暑さは準備が必要だな、と身をもって知ることができたと思います。

――アジア選手権では実際、かなりの暑さだったとうかがっています。
秦:

招集が競技開始の1時間前で、ピットに入ったのが45分から50分前でした。足合わせの時間と待ち時間が長かったのに加えて、日陰がなかったんです。テントはありましたが出場者が18人でしたし、テントの影が小さくて入りきらないような状況でした。スコールも降る時期だと聞いていましたし、日本から折り畳の傘も持参していましたが、ホテルの部屋に大きな日傘が置いてあったので、それを使わせていただきました。体に熱がこもるので、氷嚢で冷やしたり冷たい水を体にかけたりしながら過ごしました。暑さで集中力が削がれ、競技中は今まで経験したことがない過酷さを感じ、本当に辛かったです。

――オールウェザーが経験したことのないタイプだったとか?
秦:

表面がチップなので軟らかく見えるんですが、中の方がすごく硬くて、普通に走ってしまうとちょっと弾かれるような走りになって、コントロールが難しいオールウェザーでした。メインの競技場で最初に練習したときは違和感が大きくて、不思議な感覚だな、と思ってやっていたのですが、色々な走り方を試しました。いつもと同じように助走の中盤をガーッと上げていく意識で走ってみたり、逆に力を抜いてみたり。幸い2日間メインで練習ができたので、これがいいんじゃないか、こっちの方がいいかな、とコーチに客観的に見てもらったり、動画を見て私の主観と照らし合わせたりすることができたんです。最後は感覚的なところになるんですが、タイミングを外すと違和感を覚えるので、乗り込みなど細かい動作を正しくするよりも、このオールウェザーで違和感を持たないような走りを意識しました。

――結果的にその走りが、助走に生かされた?
秦:

はい。今回のオールウェザーでその走りをすると、脚がどんどん前で、地面をとらえていく走りになります 。脚に走らされているような感覚です。油断すると上体が置いて行かれるような助走になってしまうので、気持ちいつもより前傾しました。腹筋で少し締めるようなイメージで走りましたね。

――その感覚をしっかり持てるようにすれば、どんなオールウェザーでも対応できる?
秦:

そう思いたいんですけど、軟らかすぎるとなかなかちょっと、苦手意識もあることはあります。全部のトラックに対応できます(笑)、とは言い切れない部分もありますね。