横井庄一さんの「悲劇」伝え続ける


美保子さんは横井さんの遺言に従い、2006年に名古屋市中川区の自宅の一部を改装し「横井庄一記念館」を設立。横井さんがジャングルで暮らした地中の穴を再現した模型を展示したり、横井さんが晩年にかけて作った陶器を展示し、終戦を知らされないまま1人戦い続けた夫の「悲劇」を訪れる人たちに伝え続けた。

「戦争はだめ。平和がどれほど尊いことか・・・横井の戦争から少しでも感じていただきたい」と言い続けた。

しかし、新型コロナによって、無料開放してきた「記念館」も見てもらえなくなり、おととしから京都市左京区の実家に身を寄せていた。

そのサポートをしていた甥の幡新大実さんによると、横井さんの帰国50年となった今年2月に体調を崩し、内視鏡手術を受けて退院。しかしその後も体調が思わしくなく、5月27日未明に倒れ、午後5時33分に他界した。

「葬儀は近親者のみで静かに執り行いたいと思います。愛知県の有志の方々を中心にしのぶ会のようなものをやっていただけると本人にとっても一番いいのではないでしょうか…」と話してくださった。

甥の大実さんは、美保子さんが「横井の著書の中で一番好き」と言っていた「明日への道」を英訳した大学教授。横井庄一の研究者としても国際的に知られている。