いわゆる“プリゴジンの乱”の終息によってプーチン氏の私兵とも言われたワグネルが鳴りを潜める形となった。ワグネルとそれを率いるプリゴジン氏は専らプーチン政権の汚れ仕事を担ったとされたが、その役割を引き継ぐかもしれない存在がある。これまでも“プーチンの歩兵”と呼ばれ、ワグネル同様の“仕事”をしてきたチェチェン共和国、カディロフ首長と彼が率いる私兵カディロフツィだ。にわかに注目されるこの集団、調べるほどにワグネルよりも厄介で危ないことが分かってきた。

“動員されたら何をやってもいい”“殺したければ殺していい、略奪してもいい”

わずか2か月前、テレグラムにアップされた1枚の写真。スキンヘッドの男と長い顎ひげを蓄えた男がサムアップした手をつなぎ、満面の笑みを浮かべている。チェチェン共和国、カディロフ首長とワグネル代表、プリゴジン氏だ。盟友然とした二人の立場は今、対照的なものとなっている。

アメリカ戦争研究所は、こう分析する。クレムリンはワグネルが撤退したことを受け、カディロフ派(カディロフツィ)を主力攻撃部隊として再導入しようとしているかもしれない。
果たして、カディロフ首長はプリゴジン氏に、カディロフツィはワグネルにとって代わるのだろうか。カディロフ首長のプーチン氏への忠誠心は広く知られるところだが、今懸念されるのはカディロフツィの残虐性だ。その残虐さは戦線での作戦行動にとどまらず兵士を募集する時点から始まっているという。その実態を知る人物を取材した。

人権保護団体『北カスカフSOS』 アレキサオンドラ氏
「(カディロフツィといえば)連行・逮捕・拷問・脅迫です。チェチェンでは戦争前から外を歩いている人を偽の疑惑で捕まえて警察に連行、書類も作成せずに逮捕。親戚がお金を払うと家に戻すという事例がいくらでもあった。今はそれを兵士を集めるのに使っている。人を捕まえては“ウクライナに行くか、さもなければ長い懲役と多額の罰金を科す”と脅す。チェチェンの人は親戚が多く、ウクライナに行かなければ容疑をでっちあげて兄弟をとらえウクライナに送ると脅す」

強制と脅迫だけでなく給料を2倍にするなど兵の募集に躍起になった。それでも動員目標には届かなかったカディロフツィは信じられない条件を提示した。

人権保護団体『北カスカフSOS』 アレキサオンドラ氏
「相談に来た人も殆どは“動員されたら何をやってもいい”“殺したければ殺していい、略奪してもいい”と言われたと話す。これがウクライナでのカディロフツィの行動につながるのだと思う。(中略)彼らはコントロールしがたい部隊。規律を守れない。民間人をいじめることと独自のルールを作ることは得意で、チェチェンという国を“刑務所の中の刑務所”、閉ざされた国の中の最も閉ざされた地域にした」

ロシアには20を超える共和国があるが、これほどの横暴がまかり通っている例は他にない。南端の小さな共和国の首長とその私兵が何故これほどの強権を握っているのだろうか?

防衛研究所 兵頭慎治 研究幹事
「チェチェン共和国は90年代から分離独立の運動を繰り返してきたんですね。カディロフという人はプーチン氏に忠実な人物なので(分離独立運動を鎮めるために)プーチン大統領は私兵を持つことも、残忍なやり方で統治することも認めてしまった。(中略)今回の戦争でも、正規軍では賄えない部分、例えば督戦隊、戦場を離脱しようとするロシア側の兵士を後ろから撃つ部隊。そういうのも残忍なカディロフツィが担っている」

開戦当時のブチャの虐殺にもカディロフツィが関わっていたとも伝えられる。プーチン氏にとって便利この上ない存在なのだろう。